仕事に、恋愛に、人間関係に――日々頑張る人に原田マハが贈る20の物語(ギフト)

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ギフト

『ギフト』

著者
原田 マハ [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591167922
発売日
2021/01/04
価格
682円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

贈り贈られる喜びを、再び。/原田マハ『ギフト』書評:藤田香織(書評家)

[レビュアー] 藤田香織(書評家・評論家)

 子どもの頃「贈りもの」といえば、「貰う」のがあたり前だと思っていた。誕生日、クリスマス、入学や進学、卒業祝い。ちょっと頑張ったときのご褒美、お土産やお年玉も、いつだって「ありがとう!」と喜んで受け取る側だった。初めて贈る側になったのは母の日で、父の日は少し後だった気がする。多少の「しなくちゃいけない」世間的プレッシャーのようなものを感じつつも、初めて知った「喜んでもらう喜び」。少し大きくなってからの友達の誕生日や、仲間内でのクリスマス、バレンタイン&ホワイトデーは贈り合うことが前提だった。贈って贈られて、その気持ちを確認し、一喜一憂することが、学生時代は大きなイベントになっていた。
 けれど大人になると、そんなワクワクもドキドキも、気恥ずかしくて、くすぐったいような感覚も、少しずつ薄れ、遠くなっていく。贈ることにも贈られることにも慣れて、やがて「贈られない」ことにも慣れる。それは自己防衛でもあるけれど、人生には無邪気にイベントごとにかまけてなどいられない時、というものが誰にもあるのだ。

 本書に収められた物語の主人公たちもまた、そうした忙しない日々を生きている。
 二〇〇九年に刊行された単行本から引き継がれた二十話に、アンソロジー『東京ホタル』に収録された短編「ながれぼし」を併録した本書の主人公たちの年齢は、いずれも二十代から三十代。親の庇護下から離れ、自分の足で懸命に歩む、人生の道半ばの者ばかりだ。
 自分はどこへ行きたいのか。たどり着くには右を選ぶべき? それとも左? そこへ行くには準備不足かもしれない。いやいや余計な荷物が重すぎる! 誰かこの荷物を一緒に持ってくれないか。同行者はいるけど、足並みが揃わない。安全なまわり道か、険しい近道か。本当に、これでいいのか私の人生!? 迷いは多く、悩みは深く、遠い先を見ていれば躓くし、足元を気にしているとぶつかってしまう。気持ちばかりが焦る。   
 恋人に引っ込みがつかなくなり、意地を張ってひとりで出かけた沖縄旅行(「この風がやんだら」)。好きな仕事に就き多忙を極める恋人に抱く、ないがしろにされているような不満と不安(「夏の灯」)。仕事と恋でできた傷が癒えぬまま、二年ぶりに帰省した故郷(「輝く滑走路」)。一篇わずか数ページの掌編に、それぞれの「今」と「背景」を描き出し、俯きそうになる彼女たちが前を向くきっかけになる「ギフト」を授けていく。
 結婚に二の足を踏んでいると思っていた恋人が、サプライズで用意してくれた世界最大のエンゲージリング(「茜空のリング」)。父親から贈られたふたつの定期入れ(「そのひとひらを」)。記憶に残るものもあれば、ちゃんと手元に残るものもある。「気付き」や「予感」、「時間」など、目には見えないものもある。
 しかも、そうしたハートウォーミングな物語が、単純に並んでいるだけではない。
「コスモス畑を横切って」は、主人公のもとへ、かつて同じ人を好きになり距離ができてしまった学生時代の親友から、結婚パーティの招待状が届けられる話だが、続く「茜空のリング」は新郎の会社の女性同期、「小さな花束」は新婦の同期が主人公とリンクしていく。人と人との縁や関係性という不確かなものを改めて考えさせられる上に、えも言われぬハッピーな「空気」が漂うラストに、読んでいて自然と頬が緩んでくる。
 一方で、そこはかとなく「不穏」な気配を感じる話もある。「ポケットの中の陽だまり」は、主人公が閉店間際のカフェで恋人を待ち続ける。去年転勤になった彼とは現在遠距離恋愛で、次第に会う機会も少なくなっていた。彼の住む町をアポなしで訪れた今日。「来ちゃった」とメールした返事は、「今日、仕事なんだよ。遅くなるかもしれない」だった。あーあ、と、きっと誰もが思うだろう。そしてその結末に、誰もが唸るだろう。
 文庫化にあたり併録された短編の「ながれぼし」以外の、二十人の主人公に名前は記されていない。彼女たちに自分を重ねて読むうちに、心が軽くなっていく。贈って贈られて、けれど決して重荷にはならないギフト。忘れかけていた幸せがここにある。

ポプラ社
2020年1月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ポプラ社

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