2020年の恋人たち 島本理生著 中央公論新社

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2020年の恋人たち

『2020年の恋人たち』

著者
島本 理生 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120052798
発売日
2020/11/24
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

2020年の恋人たち 島本理生著 中央公論新社

[レビュアー] 南沢奈央(女優)

 「2020年」という言葉に含まれていた高揚感が、もはや懐かしいものになってしまった。年の終わりを目前にして振り返ると、複雑な思いがこみ上げる。

 本作が雑誌に連載されていた約2~3年前にはまるで予測もしていなかった、目まぐるしい変化の中に私たちは今まさにいる。連載時の題名『2020年までの恋人たち』には、きっと様々な意味が込められていただろう。だが価値観も変わった今、本題から違う景色が見える。

 本書は、母親の突然の死によって大きく環境が変わっていく主人公を象徴するように、2020年の五輪に向けて急速に変化していく東京の街並みを舞台に描かれている。32歳の前原葵(あおい)は仕事も順調で、恋人もいた。だが母親の営んでいたワインバーを継ぐ決心をしたことで、仕事も人間関係も変化していく。さまざまな選択に迫られる。だがそのたびに、「どうして自分で選んだことなのに、やっぱり苦しんでしまうのか」と苦悩する。自分が本当に望むことは何なのか。傷つきながらも向き合っていく。

 印象的なのは、頻繁に登場する食事のシーン。作中に出てくる“HALT”の話には頷(うなず)いた。Hungry Angry Lonely Tired、お酒を飲みたくなるきっかけにネガティブな感情が多く、そこから解放されたいからお酒を飲む。登場人物たちも、美味(おい)しい料理とお酒によって、普段より自分の心が解放され、踏み込んでいく。もちろん苦い思いをすることもあるが、ふと新しい発見ができることもある。

 もっと変わってしまいたい。葵が過去を振り払うように、ある決断をする場面がある。だが一方で人は、変わらないものを手にしたいと願うもの。変化と不変。「永遠に作っては壊していく場所」である東京で、「変わらずに形あるもの」を求めていく。そうして心の底にあった自分の本音に気づいていく姿は、まさに現在進行形で2020年を生きる私たちだ。

読売新聞
2020年12月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加