犬がいた季節 伊吹有喜著

レビュー

3
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犬がいた季節

『犬がいた季節』

著者
伊吹 有喜 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575243253
発売日
2020/10/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

犬がいた季節 伊吹有喜著

[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)

◆18歳の頃 切なくも温かい

 十八歳の頃、どこでどう過ごしていただろうか。進路のことばかりを考えて、何げない日常や若さがやがて戻らなくなることには無頓着だった。本書は一九八〇年代末〜九〇年代を主にして、昭和から平成、令和へと続く時代を背景にした青春小説である。

 物語は、一九八八(昭和六十三)年から始まる。三重県内の進学校に通う塩見優花は、高三の二学期になっても成績がふるわず、自分の凡庸さに鬱屈(うっくつ)していた。そんな折り、白い子犬が迷い込み、「コーシロー」と呼んで校内で保護することになる。犬の名付けに名前が使われた早瀬光司郎は、絵がうまい生徒だ。近寄りがたかった早瀬と話すようになった優花は、大みそかの除夜の鐘つきに早瀬を誘う(第1話 めぐる潮の音)。

 桜の花が咲き終わると新しい生徒が現れ、三年後、卒業していなくなる。優花と早瀬が卒業したあとも、犬のコーシローは学校で暮らし、いろんな生徒と出会っていく。F1レースに夢中な堀田五月(平成三年度卒業生)、理系を選んだが進路は曖昧な上田奈津子(平成六年度卒業生)ら、性格も家庭環境も違う彼らの共通項は高校三年生、十八歳であること。舞台は著者の母校がモデルで、ふるさとの情景描写があざやかだ。

 いつか来る「死」を意識しながら、失意と再生、希望を著者は描いてきた。本書にはF1ブーム、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件といった、八〇〜九〇年代の事象が織り込まれている。SMAPの「夜空ノムコウ」、GLAYの「HOWEVER」など当時のヒット曲と物語がシンクロし、名曲と小説の言葉が切なく響いてくる仕掛けがうまい。過ぎ去った時代を永遠に残すべく、物語で描き留めているのである。

 <祖父がそうであったように、十八で家を出たあと、人生の最期はきっと遠く離れたどこかの街で迎える>。十八歳の時から無我夢中で生きてきた人は、過去に「忘れもの」をしていないだろうか。本書を読むと、大切な「忘れもの」が見つかると思う。切なく温かい青春小説だ。

(双葉社・1760円)

1969年生まれ。2008年デビュー。小説『カンパニー』は宝塚歌劇で舞台化。

◆もう1冊

伊吹有喜著『四十九日のレシピ』(ポプラ文庫)。ドラマや映画になった。

中日新聞 東京新聞
2020年12月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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