「江戸」が「東京」に改称された時代を舞台にしたロードムービーのような小説 角川春樹小説賞受賞作『質草女房』

レビュー

7
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質草女房

『質草女房』

著者
渋谷雅一 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413640
発売日
2020/10/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 歴史・時代]『質草女房』渋谷雅一

[レビュアー] 田口幹人(書店員)

 長谷川卓、知野みさき、鳴神響一、今村翔吾ら数々の人気歴史時代小説作家を世に送り出した角川春樹小説賞から、今年も期待の新人が誕生した。

 第十二回受賞作、渋谷雅一『質草女房』(角川春樹事務所)は、「江戸」が「東京」に改称された慶応四年、二百六十年余りにもわたった江戸時代が終わり、御一新による大混乱も自分の未来には関係のない話だと切り捨てる、時代に取り残された貧乏浪人・柏木宗太郎と、国の未来を憂い、新しい国づくりのために変革の苦しみのど真ん中に身を置き、明治へと駆け急ぐ男・新政府軍参謀の速水興平という、全く違う境遇の二人のロードムービーのような物語だ。

 世の中の変革など眼中になく、今日明日の飯を食う算段をつけることにしか興味がない宗太郎は、馴染みの質屋巴屋に足を運ぶが、質屋の店主松ノ助から店仕舞いすることを伝えられる場面から物語が始まる。何とかして今日明日を食いつなぐための金子を借り受けるため、必死に食い下がる宗太郎に、松ノ助は女房を質に入れたまま音信不通となっている彰義隊士の篠田兵庫の行方を探って欲しいと持ち掛ける。

 三両の礼金欲しさということもあったのだが、同じ浪人という境遇ながら大義を持ち彰義隊に属す男が、なぜ女房を質に入れたのか、篠田兵庫という人物に興味を持った宗太郎は、松ノ助の依頼を引き受ける。「私は質草だから」、と他の預かり物と同じく蔵にいると言って土蔵の中で暮らす篠田兵庫の御内儀・けいから聞いた兵庫の手がかりを元に、行方を追うことになる。

 上野の山の戦いから三月ほど経った町は、新政府軍による彰義隊の残党狩りが行われる等、いまだに落ち着きを取り戻しておらず、捜索は難航した。新政府軍に捕まった元彰義隊の青年から、兵庫に繋がる可能性のある証言を聞き出した宗太郎は会津に向かうが、宇都宮から日光街道に入ってすぐ、新政府軍に捕まってしまう。しかし、敵地を偵察するためと、速水興平が会津まで同行することになるのだった。そこから物語が一気に動き出し、篠田兵庫という人物に迫っていく。

 謎解きの要素としては弱さがあるが、三両という礼金欲しさに依頼を引き受けたはずの宗太郎の心の変化と、女房を質屋にいれた男の大義が交錯する剣戟シーンは、強く印象に残っている。お伝えしていいのかどうか迷うが、最後の最後まで楽しめる物語であることを示す手段としてあえて書かせていただく。

 最後のどんでん返しをお楽しみいただきたい!

新潮社 小説新潮
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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