• 鏡影劇場
  • 池田理代子第一歌集 寂しき骨
  • 次の夜明けに
  • 古本愛好家の読書日録
  • 野呂邦暢ミステリ集成

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川本三郎「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 逢坂剛といえばスペインものがよく知られているが『鏡影劇場』は珍しくドイツもの。

 十九世紀ドイツ浪漫派の作家、E(エ)・T(テ)・A(ア)・ホフマンをめぐる文芸ミステリ。

 マドリードの古本屋で日本人のギタリストが、ドイツ語で書かれた古い文書を見つける。日本の孤高のドイツ文学者が、文書はホフマンに関わるものと知り、解読してゆく。現代から一気に十九世紀のドイツへ。

 この文書は誰が、なんのために書いたのか。最後の謎解きは袋綴じに。作者の自信をうかがわせる。

『ベルサイユのばら』で知られる漫画家であり、声楽家でもある池田理代子が短歌も作るとは。

『池田理代子第一歌集 寂しき骨』は素晴しい。何よりも、兵隊に取られ、奇跡的に生還した父親を想う歌の数々が胸に熱く残る。

「南方の戦を生きて父は還る 命を我につながんがため」「ホームドラマのごとく甘えてみたき日も ありけり昭和を体現する厳父(ちち)」「ただ一度父を侮辱した 鬼の如く殴りつづけた父が恋しい」

 昭和を、戦争の時代を生きた父。戦争体験は娘に受継がれている。

 近年、台湾文学が広く読まれるようになっている。身近な隣国の知られなかった苦難の歴史が徐々に明らかになってきた。

 徐嘉澤(じょかたく)『次の夜明けに』は、一九七七年生まれの作者による、祖父、父、子と三代にわたる家族の第二次大戦後の物語。

 国民党による民衆弾圧事事件(二二八事件)、戒厳令下の弾圧、一九七九年の美麗島雑誌社事件など、台湾の厳しい時代が家族の視点から語られてゆく。

 現在の台湾の民主主義は民衆によって戦い、勝ち取られたことが分かる。

 古本エッセイで定評のある高橋輝次の『古本愛好家の読書日録』は書き下ろしで本好きには楽しい。

 古本探索の魅力は、忘れられた作家の本を見つけ出すことにある。

 由起しげ子をはじめ、かつて読まれていたのに、いまでは消えてしまった作家たちがよみがえる。

 著者は関西在住。そのために関西の文学者たちに的を絞っているのもいい。

 さらに元編集者だっただけに、編集者の回想記や伝記にも目配りをする。

 古書店まわりは、自分のテーマを決めることによって充実してゆく。

 没後、いよいよ評価が高まっている作家に野呂邦暢がいる。一九七四年に「草のつるぎ」で芥川賞を受賞したが、不幸にしてその六年後に四十二歳で死去した。

 ジャンルでいえば純文学の作家だが、意外なことにミステリ好きだった。

 海外ミステリだけでなく、日本の本格派、鮎川哲也を愛読していた。

『野呂邦暢ミステリ集成』は純文学作家によるミステリ集で読みごたえがある。

 とくに鮎川が評価した「まさゆめ」と、「ある殺人」は面白い。

新潮社 週刊新潮
2020年12月31日・2021年1月7日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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