• 天離り果つる国 上
  • ニッポンチ! : 国芳一門明治浮世絵草紙
  • 一橋桐子〈76〉の犯罪日記
  • 狂気の山脈にて
  • マスク : スペイン風邪をめぐる小説集

書籍情報:openBD

縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『天離(あまさか)り果つる国』は作者会心の伝奇ロマン。飛騨白川郷を天下取り三代の武将――信長・秀吉・家康――から守り、乱世にあって自分たちの独立(どくりゅう)の地たらんとするのは、竹中半兵衛を師に持つ快男児・津田七龍太(しちろうた)と帰雲(かえりぐも)城に集う面々。そして七龍太と作者好みの姫武者・紗雪(さゆき)との禁じられた恋を活写する、雄渾かつ奔放自在の筆致は、ある時は、治乱興亡の戦の有様を描いて読者を興奮の淵に佇立させ、ある時は、泣きに泣かせる。その物語作家としての手腕は、柴田錬三郎か隆慶一郎か――。戦国の世に、自分たちのユートピアを守った男たちの生きざま、死にざまが胸を打つ。ラストまでまったく目が離せない展開の連続だ。

『ニッポンチ!』とは、外国人が横浜で流行らせた絵新聞に対する日本人製のそれを意味している。本の背に“国芳一門明治浮世絵草紙”の角書(つのがき)があるように、十章あるうちのはじめと終わりを歌川国芳の次女お芳自身の章とし、残りを彼女からの聞書風にして展開していく。御一新を境に新しい価値観の中で揺れ、“江戸っ子のなれの果て”を示す門人たちと、彼らを見届け、春画を描きながら昭和の御世まで生き続けたお芳の姿に限りない哀切を感じる傑作。明治初期の雰囲気を伝える作者の達意の文体を駆使した地の文、さらには会話文の妙も楽しみたい。

『一橋桐子(76)の犯罪日記』は、両親を見送り、このままでは孤独死してしまうと感じた主人公が、三食昼寝つき、さらには収容された高齢者が介護してもらえる刑務所に入りたいと思うのが発端。どの犯罪がいちばん長く刑務所に入れるのか――。はじめは万引と軽犯罪級であった主人公の妄想は、終盤に向って誘拐、殺人と次第にエスカレートしていく。それでもなお、主人公の願いを打ち砕いてゆく現実の冷酷さを、作者はデフォルメされた構成と文体で活写していく。

『狂気の山脈にて』は『インスマスの影』につづく新潮文庫版“クトゥルー神話”第二弾。表題作は、ミスカトニック大学南極探検隊が、彼の地で禁断の書『ネクロノミコン』の記述と重なるあるものを発見する名作。以下、江戸川乱歩が珍しい音楽怪談であると評した「エーリッヒ・ツァンの音楽」等全八篇から成る傑作集成。平成・令和の平井呈一というべき南條竹則の心憎いばかりの編集と訳業が楽しめる一巻といえる。

『マスク』は“スペイン風邪をめぐる小説集”とのサブタイトルがある。象徴的な黒いマスクをした男を登場させ、スペイン風邪流行の実体験を元にして書かれた表題作は、正に現代のコロナ禍と重なる一篇。菊池寛は、決して「父帰る」や「恩讐の彼方に」だけの作家ではない。今こそ現代ものの再評価が望まれる。

新潮社 週刊新潮
2020年12月31日・2021年1月7日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク