【評者:冨山和彦】危機の時代の今こそすべてのビジネスパーソン必読の書――『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』

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【評者:冨山和彦】危機の時代の今こそすべてのビジネスパーソン必読の書 | 『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』

[レビュアー] 冨山和彦(経営共創基盤(IGPI)グループ会長)

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(評者:冨山和彦 / 経営共創基盤(IGPI)グループ会長)

 コロナ禍はそれ自体が急激な経済収縮を起こす破壊的な経済危機であるとともに、デジタルトランスフォーメーション(DX)による破壊的イノベーションの勢いを加速させつつある。今、すべてのビジネスパーソンは二つの意味での「破壊」に対峙しなくてはならない。
 約10年前、やはり破壊的危機であったリーマンショックの頃、破壊的イノベーションの波に直撃され、7873億円という我が国の事業会社史上最大となる巨額赤字を計上し、存亡の危機に立たされたのが日立製作所である。そこに、関連会社でのほぼ引退モードから突然、経営トップに就任し、敢然と「ザ・ラストマン」として再生劇をリードしたのが本書の著者、川村隆氏である。

 日本企業が抱える病巣は深い。かつてジャパン・アズ・ナンバーワンと称賛された日本の企業群は、グローバル化とデジタル革命が劇的に進行したこの30年間、時価総額においても売上成長においても、新興国企業だけでなく、同じく国内産業の空洞化や高賃金、厳しい環境規制などの制約下にある欧米企業と比べても顕著な退潮に陥った。その原因の構造性、経路依存性の深刻さと闘ってきた私の立場からは、おそらく最も重症の部類だったと思われる日立製作所のような会社が、理路整然と自らの根本病巣に切り込んでいったことは衝撃的でさえあった。
 何より凄みを感じるのは、日立の改革がV字回復にとどまらず、経営危機の真因である不連続かつ急激な大変化の時代に対する適応力の構造的な欠落という点を克服すべく、会社の長期的な大改造、コーポレートトランスフォーメーション(CX)にまで一気に展開していった点である。

 2015年に本書と出会い、ほぼ同時期に政府の仕事で川村さんと親しく交流するようになった頃、「これこそが、カネボウやJALなどの再建を通して、伝統的な日本企業の再生とCXのために自分が模索していた新しい時代のロールモデルだ」と確信した。
 逆に言えば、絵に描いたようなニッポンの伝統的なサラリーマン大企業から、なぜ川村さんのような人物が現れ、あれだけの改革を成しえたのか。とにかく理路整然としてベタベタしていない。淡々としていながら大胆に言うべきことを言い、やるべきことをやる。クールだが確固たる価値観、哲学が芯にあってそれは絶対に揺らがない。だから言行は一致する。どんな名誉ある地位も自らの価値観に合わないものは引き受けないし、逆に大事だと思う仕事はとんでもない火中の栗も拾う。しかもオーナー創業経営者ではなく、サラリーマンとして経営者になった人である。よくある日本的リーダー像の多くを覆す人物像に私は魅了されたし、本書には新しい時代のリーダー論がクリアに描かれている。ここに書かれていることは、とんでもないスーパーマンでなくてもマインドセットを転換すれば誰にでもできることが多い。

川村隆『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』※画...
川村隆『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』※画…

 デジタル革命の破壊的衝撃波は、世界の経済構造、産業構造を根底から変えてきた。それはコンピュータ産業から始まり、通信、AV機器に破壊対象を広げ、今や自動車、重電、医療、物流・交通、小売、飲食・宿泊、農林水産業へと影響範囲をどんどん広げている。ポストコロナに向け、すべてのビジネスパーソンが「自分の後ろには、もう誰もいない」ザ・ラストマンの心構えで、会社の再生とCXに臨むべき時代の到来である。

 これから破壊的イノベーションが押し寄せる領域は、よりリアルでシリアスな、まさに「エッセンシャルワーカー」の皆さんが関わる産業領域であり、日本企業持ち前の勤勉さやチームワーク力、継続的な改善改良力が重要な領域となっていく。これは危機であると同時に大きなチャンスの到来でもある。著者自身が、マインドセットの転換のきっかけとなったエピソードを本書で紹介しているが、読者の皆さんが本書との出会いをマインドセット転換のきっかけとし、日本経済復興の担い手となっていくことを心から期待する。

▼川村隆『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000505/

KADOKAWA カドブン
2020年12月28日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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