ロマネスクとは何か 酒井健著

レビュー

9
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ロマネスクとは何か

『ロマネスクとは何か』

著者
酒井 健 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784480073334
発売日
2020/10/09
価格
1,078円(税込)

書籍情報:openBD

ロマネスクとは何か 酒井健著

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 コロナ禍の直前にフランスへ行き、ロマネスクの教会堂をめぐる旅をした。オータンの町のサン・ラザール大聖堂で、<最後の審判>を描いた名高い浮彫を見た。悪魔が大口を開けて笑いながら罪人の魂を天秤(てんびん)で量り、地獄の釜へ放り込む場面が野放図な活力を振りまいていた。

 本書は中世中期ロマネスク時代を精神史の視点からつかむ試み。読むうちに悪魔達(たち)の素性(すじょう)が知れた。彼らの剽軽(ひょうきん)な顔はローマ喜劇に用いた仮面から着想を得たらしい。

 「ロマネスク」とは「古代ローマに似ているが異なる、似て非なる」という意味だと著者に教えられて、悪魔達の妖しい魅力の来歴も見えてくる。西ローマ帝国崩壊後の文化モデルは、「中心」と「周縁」から、多数の星団が連合する「銀河系」へと変容した。ローマを模倣した末に「地方の自己意識」が芽生え、あの奔放な表現が生まれたのだ。

 著者は、人々が古代と自分の時代をつなぎ、キリスト教と異教、生と死など、異質なもの同士に「つながり」を求めたところに、ロマネスクの本質を見る。その先駆は、ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝が、使徒ペトロの墓を飾るためにギリシアからローマへ「ぶどうの木の柱」を運ばせたことにあった。異教の再生神話とキリストの復活をつなぐ、その「ねじれ柱」の意匠は以後、各地の教会を飾ることになる。

 フランスのル・ピュイ大聖堂は黒い聖母像で知られる。当地はケルトの聖地だったが、ローマ時代には神殿が置かれ、マリア出現の奇跡が起きた後、ロマネスク時代に巡礼地として発展した。聖母像の黒は異教の大地母神とマリアがつながったことを象徴する色なのだ。

 著者はロマネスクの精神性の核にある救済と変容への願望をバタイユが言う「蕩尽(とうじん)」と結び、宗教表現がはらむ過剰なエネルギーを「宇宙の律動の再表現」ととらえる。オータンの悪魔達の活力の正体はたぶんこれだったのだ。

 ◇さかい・たけし=1954年生まれ。法政大教授。専門は仏現代思想、西欧文化史。著書に『ゴシックとは何か』。

読売新聞
2020年12月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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