化け物の素――『じょかい』著者新刊エッセイ 井上宮

エッセイ

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じょかい

『じょかい』

著者
井上宮 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913762
発売日
2020/12/23
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

化け物の素 井上宮

[レビュアー] 井上宮(作家)

 私の一番古い記憶は母方の祖父の葬儀の一シーンで、私が三歳になる頃のことだ。そこは会津(あいづ)の田舎の古い農家で、祖父は棺桶に横たえられており、親戚のおじさんが霧吹きで祖父の顔へ霧を吹きかけていた。祖父の左右の鼻の穴に白い綿がつめられている。「なぜ綿をいれてるの」私が訊くとおじさんが教えてくれた。「○○が出てこないようにだよ」

 この○○が思い出せない。今は行われていないそうだが遺体の鼻の穴に綿をつめるのは、体液が漏れ出てこないようにするためだったらしい。おそらくおじさんは幼児にもわかる言葉で説明してくれたのだろう。けれども幼い私にはやっぱり難しくて、こうして栓をしておかないと何か変なものが体から勝手に出てくるんだ、なんていうホラー的概念がこのとき芽生えたのではと疑っている。何か怖いものを考えるとき幽霊や怨念などではなく、体内に得体の知れないモノがいるとか、体内が変容しているとか、私が妄想してしまうのはこういう訳なのです。

 この小説に登場する化け物の設定を練っていくうちに、マスクで口を隠した女という外見となった。はたと思いあたった。これって昔懐かし口裂け女じゃん!

 口裂け女の噂が全国に流行したのは一九七九年頃だが、その何年か前には私は聞いていたと思う。もう中学生だった私を怖がらせはしなかったが、大層ひとを惹きつける噂だった。裂けた口をマスクで隠しているという点が肝心で、中身がわかっていても隠されると気になるのだ。日本中の子ども達が熱心に囁きあった理由もそこにあるのかもしれない。

 などと考えながら執筆している間に新型コロナウイルスが猛威をふるいだした。マスクをするのが日常となり、これは困ったと悩んだが、重要なのはマスクではなくその下に潜んでいるモノであり、怪異に遭遇した人間の心理や選択なのだと思い至った。

 マスクの下から何が出てくるか、ぜひご一読を!

光文社 小説宝石
2021年1・2月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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