道路を通じて語られる地史・文化史 地域に関心を持つすべての人に
[レビュアー] 養老孟司(解剖学者)
道路そのものを主人公に立てる話は珍しい。むろん東海道とか中山道という日本の古くからの幹線道路ならありそうなことだが、16号線といっても、関東以外の人にはピンとこないはずである。16号線全体を見渡す地図を見ればすぐにわかることで、この道路は関東の主要部をほぼ網羅して通り抜けている。
地史的にいうと、この領域はいわゆるフォッサ・マグナに相当し、日本列島の中ではいわば「新しい」地域である。それでも本書に記されるように、多数の縄文・弥生時代の遺跡が見つかっており、古くから人が住んだことは間違いない。近代になって東京が極端に大きくなり目立つために、関東という地域は全体として考察されることがあまりない。特に書かれた歴史ではおそらく関東全体に関する記述は、きわめて少ないと思われる。
私は生まれも育ちも鎌倉で、その鎌倉になにがあるかと思うと、よく言えば質実剛健、質素倹約、要するに貧乏というしかない。それは北条時頼の母、松下禅尼以来の鎌倉武士の伝統かもしれない。大仏ならもっと古いものが奈良にあるし、多くの寺社は鎌倉時代以降のものである。古都なので発掘調査が義務付けられているから、ときに住宅の改築などでの発掘調査のようすを見ることがあるが、出てくるものはゲタや馬の骨で、金目のものは出ないという印象が強い。
わが家の近くには英勝寺という寺があって、太田道灌邸旧蹟という碑が建っている。道灌が活躍したのは享徳の乱といわれる戦国時代の初期だが、その影響が西に及んで応仁の乱になったという。江戸城を築いた道灌が活躍した範囲はまさに16号線でくくることができよう。享徳の乱については近年歴史の教科書に入れられるようになったとも読んだばかりで、日本史の記述は、従来までは西に偏っていた、と言うしかない。
著者は16号線をたどるという独特の視点から、東京や江戸の陰に隠れがちだった関東という地域の歴史や特徴をとらえようとしている。地形そのものから日本史を読み取ろうとするのは、竹村公太郎の得意分野であるが、本書は関東に関して地史から音楽、つまり文化史までを視野に入れた、広範な総説になっている点がたいへん興味深い。
コロナ禍によって、地方移住が進んでいるといわれる現在、こうした見方もあるという意味で、地域と日本に関心を持つすべての人に読んでもらいたい本である。