復讐の連鎖を背景にしながらも普遍性を獲得している長篇小説

レビュー

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ミルクマン

『ミルクマン』

著者
アンナ・バーンズ [著]/栩木玲子 [訳]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309208138
発売日
2020/12/01
価格
3,740円(税込)

書籍情報:openBD

復讐の連鎖を背景にしながらも普遍性を獲得している長篇小説

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 十八歳の主人公が四十一歳の妻子持ち男にストーカーされる小説と聞いたら、珍しくないから読む気になりませんよね。じゃあ、この二人が生きている地域が〈こっちの宗教〉〈反体制派〉〈武装組織〉と〈あっちの宗教〉〈体制派〉警察などの国側の組織に分かれて反目しあっていて、四十一歳の男が武装組織の大物だったとしたらどうですか。さらに、登場人物の誰も名前を持っていなかったとしたらどうでしょう。ストーカー男は〈ミルクマン〉で、主人公〈私〉の結婚を前提としてのつきあいではない彼氏は〈メイビーBF〉、姉たちの夫らは〈義兄その1〉など。〈誰も愛さない男〉や〈原爆坊や〉や〈毒盛りガール〉といった属性で呼ばれる人々もいます。ちょっと興味を引かれたんじゃありませんか?

 一九六二年に北アイルランドの首都ベルファストに生まれたアンナ・バーンズの『ミルクマン』は、その出身地で七○年代に起きた復讐の連鎖というべき紛争を背景にしながらも、先述した仕掛けと、共同体で起きがちな無責任な噂の拡散や異分子の排除といった不寛容の要素を盛り込むことで、どこで起きても不思議ではない普遍性を獲得しています。

 おまけに〈私〉による一人称語りのグルーヴ感が素晴らしい。いつの間にか自分がミルクマンをたらし込んだことにされてしまったり、歩きながら本を読むことで奇人変人扱いされたり、メイビーBFとうまくいかなくなったりと、さんざんな目に遭った十八歳時の二ヶ月間の出来事を二十年後に回想。その設定によって、主旋律の物語の中に、のちに起こった出来事やわかったこと、気づきなどが挿入されることになり、それが一種独特な語りのうねりと、群像劇といってもいい賑やかさを生み出しているんです。万国不変の「おばちゃんは強し」のエピソードなどで笑いも起こす、多様多層のレベルで素晴らしい長篇小説です。

新潮社 週刊新潮
2021年1月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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