夫婦あわせてもうすぐ180歳、3人の息子は全員独身。それでも人生は素晴らしいと言える主人公のモノの捉え方とは

レビュー

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じい散歩

『じい散歩』

著者
藤野, 千夜, 1962-
出版社
双葉社
ISBN
9784575243574
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

夫婦はともに九十歳間近、息子たちはアラフィフ、未婚、パラサイト。それでも新平は今日も元気にてくてく歩く。充実した人生の秘訣、ここにあり!

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

 いろいろあるけど、「家族」である日々は続いてゆく――。飄々としたユーモアと温かさがじんわりと胸に沁みる現代家族小説に、心が楽になる人もいるのでは? 本作の読みどころを書評家の大矢博子さんが解説する。

 ***

 夫、明石新平、八十九歳。妻、英子、八十八歳。

 三人の息子はいずれも独身で、高校以来引きこもりを続ける五十二歳の長男と、事業を潰しては親にたかる四十八歳の三男は今も両親の家に暮らしている。

 うわあ、大丈夫かこの家族は、と天を仰ぎたくなるが、これが実にユーモラスに綴られるのだ。

 新平は毎日、ルーティンの体操と朝食を済ませたあと、散歩にでかける。経営しているアパートの一室を事務所にしており、そこまでの道すがら本屋を覗いたり建物を鑑賞したり。馴染みの喫茶店でゆっくりコーヒーを味わい、家の食卓には出てこない洋食を楽しむ。自分一人の城である事務所には昭和から溜め込んだエロ系雑誌やグラビアなどの自慢のコレクションが鎮座する。

 悪くないじゃないか。

 アラフィフの長男と三男はいまだに自活できず、妻には認知症の兆しがある。悲惨な状況のはずなのに、新平の散歩はあらゆることに楽しみを見出し、実に充実している。いいなあと思えてしまうのだ。さらに物語を軽やかにしてくれるのが、次男(というか長女というか)の存在だ。心は女性の次男だけは何くれとなく心配してくれる。

 そんな日々の描写の間に挿入されるのは、新平のこれまでの人生。結婚を反対されたことや、召集された日々のこと。家出する形で上京し、英子とその姉の家に転がり込んだこと。勤め先を見つけ、独立し、好景気に乗って手を広げ、けれどその反動も味わい、やがて事業を畳み……。

 人生とは、なんと平凡で、そしてなんとドラマティックなのだろう。衝撃的なラストを含め、辿ってきた道に対するその執着のなさが心地いい。

 はたから見れば問題山積の家族なのに深刻にならずにいられるのは、新平の性格故だ。読みながら気づいた。彼は家族であろうと、自分の思い通りにならない相手を責めない。いや、そもそも人を自分の思い通りにしようという発想がない。その時その時で自分にできることをして、できないことはしない。自分が死んだあとパラサイトの息子たちがどうなってもそれはしょうがない。冷たいのでも諦めでもなく、弁えているということなのだ。

 すっと気が楽になった。両手で持てる以上のことを思い悩んでどうなるだろう。日々の憂さもストレスも、新平爺なら「かっ」と笑って一蹴してくれるに違いない。まずは新平と一緒に歩いてみよう。

小説推理
2021年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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