『ミッドナイト』
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スパイ親子を東京へ護送せよ――深夜に竜飛崎を出発したベンツの冒険行は、シンプルでありつつも物語として豊潤。活劇小説の見本のような一冊である。
[レビュアー] 村上貴史(書評家)
目的のためなら、手段は厭わない! 肉弾戦から拳銃・ライフル、はたまた潜水艦をも動かす戦いまで、日米ロの諜報員が対峙する緊迫のサスペンス大作がここに誕生! 本作の読みどころを書評家の村上貴史さんが解説する。
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警察庁警備局公安課の田臥健吾警視に与えられた任務は、青森県の竜飛崎から東京の警察庁まで、国家レベルの機密情報を保持するロシア人スパイのガレリンと娘のナオミを護送せよというものだった。田臥と部下の矢野アサルは、竜飛崎でガレリン親子と合流し、メルセデス・ベンツS550ロングで移動を開始する。23時15分という深夜の出発だった……。
もちろん四人の旅は平穏には進まない。ガレリンの命を狙う勢力がいるのだ。その代表格がコード名“ドッグ”という人物である。彼と手下は、手段を選ばず――それこそ無関係の一般人の命を躊躇なく奪いつつ――ガレリンや田臥たちに迫る。もちろんロシアも静観などせず、秘密を巡る争いに首を突っ込んでくる。こうした多面的な攻防が、抜群にスリリングだ。ドッグ配下の“グミジャ”が駆るBMWのバイクは200キロで疾走し、田臥のS550は、455馬力のエンジンで凶暴なほどの加速性能と優雅な挙動を披露する。一方でロシアは潜水艦を動かす。そうしたメカの動きに、拳銃とライフル、あるいはナイフを用いた戦闘が加わる。しかもそれらが知恵と策謀に裏打ちされているのだ。ときには予想外のかたちで局面が変化することもあれば、とんでもない場所での戦闘も勃発する。そう、読者は疾走感と重厚感と緊張感に満ちた活劇をとことん満喫できるのである。
しかも本書は、エモーショナルでもある。国籍を越えた信頼、恋愛感情、プロの矜恃などの心の動きが、登場人物たちの個性とともに読み手にくっきりと伝わってくるのだ。ナオミにアサル、グミジャという、日本人の血が半分だけ流れる三人の女性たちの対比にも要注目。こうして個々人を掘り下げているからこそ、シンプルなストーリーが豊潤な物語として躍動するのである。エンターテインメントのプロの手による小説だと納得する次第だ。
なおかつ、ガレリンが握った秘密が怖ろしい。今日の国際情勢を的確に反映した、なんともリアルで衝撃的な秘密なのだ。この“生々しさ”も著者の持ち味である。
そんな魅力を備えた本書は『デッドエンド』に始まるシリーズ第4弾。このシリーズは本書に登場する笠原親子と田臥が交互に主役を務めるユニークな構成を特徴とする。第1弾から読むに越したことはないが、単独で読んでも、もちろん十分に愉しめる。冒険小説好きをニヤリとさせる巻頭の献辞を含め、まるごと堪能されたい。