「たけし集大成」なれど目下の“残念感”を逆に際立たせる皮肉

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弔辞

『弔辞』

著者
ビート たけし [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784065215159
発売日
2020/12/09
価格
999円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「たけし集大成」なれど目下の“残念感”を逆に際立たせる皮肉

[レビュアー] 今井舞(コラムニスト)

 このタイトルと、「ビートたけし」という著者名を見て、ああ、たけしもいよいよ自らに引導を渡す心境になったのか、と感傷的になったが。さにあらず。これは自分にではなく「この時代」に宛てた弔辞なんだそうな。

 昭和のテレビ回顧録に始まり、政治、経済、哲学や芸術まで硬軟あらゆるジャンルへと言及した本書は、「たけし集大成」ともいえる。「お笑いビッグ3」で肩を並べたさんまやタモリに対し、実力は認めながらも「知性がない(さんま)」「笑わせず司会進行に徹した(タモリ)」と俯瞰。一方で、スマホが世界にもたらした新たな隷属制度や、今昔の「貧富の差」について考察してみせる。永田町の変遷、トランプ大統領を誕生させたアメリカ社会に対する思弁……。「いちおう大学の工学部に行って、理数系の本を今でも結構読んでる俺から言わせてもらえば」と、人工知能に量子コンピューター、ハイゼンベルクの不確定性原理、シュレーディンガーの猫なんてフレーズが、解釈抜きでポンポン出て来る。果てはジャクソン・ポロックやマルセル・デュシャンなどを挙げての芸術論。なかなかの千思万考っぷり。

 が、自分に対する考察は。「収録では面白い事喋ってるのに、テレビ局がコンプライアンスの問題でカットする」と愚痴る。いや、それ多分コンプライアンス関係ないだろ。滑舌しかり瞬発力しかり、「これ放送するのはちょっと……」という判断のもとカットされているんだと思う。金についても、いかりや長介に関して辛辣なことバラしてたクセに、自身については「昔から金に興味はない」「奥さんに任せている」。その今の奥さん、「体が心配」で「もう引退したっていいのに」と気遣ってくれるとも。唇寒し。オフィス北野の終焉や、たけし軍団の散華についても一切触れず。むぅ。

 いくら千思万考したところで、自分に対するこの客観的視点のなさたるや。今の著者の「晩節」に対する残念な印象は、全てそこから来るというのに。ああ片手落ち。どんなに賢哲な話が続こうが、読後感としては「死ぬ前に自分史書きたがる爺さん」のそれと大して変わらない。弔意……。

新潮社 週刊新潮
2021年1月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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