『今夜、すべてのバーで』
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ブラック・ユーモアがちりばめられた異色の“アル中”小説
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「酒乱」です
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中島らも『今夜、すべてのバーで』の中に、「久里浜式アルコール依存症スクリーニング・テスト」が突如挿入される箇所がある。この長編の主人公、小島は新聞社で校正のアルバイトをしているのだが、社会部の記者、井口のところへ原稿の受け渡しに行くと、「小島くん、君もやってみんかね、これ。おもしろいぞ」とそのテストを渡される。「最近六ヵ月の間に次のようなことがありましたか」というただし書きがあり、14の設問がある。その最初は「酒が原因で、大切な人との人間関係にひびがはいったことがある」というもので、「ある」は3・7点、「ない」はマイナス1・1点。判定は、2点以上が「きわめて問題多い重篤問題飲酒群」で、マイナス5点以下は「まったく正常の正常飲酒群」。で、小島青年の判定は、12・5。2点以上が「きわめて問題多い」テストで12・5点もとるとはすごい。それを告げると社会部記者の井口は「私は十四点だ」と言い「高得点を祝って、いっぱい飲みにいくかね」と誘うからおかしい。いや、笑っている場合ではないのだが、こういうブラック・ユーモアが随所にちりばめられている。
後ろのほうではレポートが挿入されたりと、小説としては異色の構成であることも書いておく。特に強い印象を残すのは、入院して禁酒していた小島が久々に酒を飲むシーン。アルコールが体にしみわたっていく描写が鮮やかで忘れがたい。吉川英治文学新人賞の受賞作だ。