『医療現場は地獄の戦場だった!』
書籍情報:openBD
医療現場は地獄の戦場だった! 大内啓著/井上理津子・聞き手
[レビュアー] 仲野徹(生命科学者・大阪大教授)
いかに新型コロナが猖獗(しょうけつ)を極めるさなかの医療現場であっても「地獄の戦場」はおおげさではないか。そんな気持ちは読み始めたとたん一気にふっとんだ。ハーバード・メディカル・スクールの教育病院ブリガム・アンド・ウィメンズ病院、その救急救命室(ER)に勤める日本人医師・大内啓の壮絶な記録である。
「研究は一切ストップし、100パーセント臨床に入れ、これまでの倍、働け」。3月上旬に出た指令だ。手術直後と瀕死(ひんし)の患者以外はすべて退院、救急以外の外来は停止。そんな状況だったのか。医療崩壊と呼ぶべきかどうかすらわからない。
ERの患者はすべて新型コロナ感染疑いとして対処する。なので患者の処置が終わるたびに防護服一式を取り替える。大きな緊張感を伴う診療に加え、1日8時間のシフトの間に30回近くも慎重に着替えなければならない負担。気付かぬうちに不機嫌になり、夢にはゾンビが現れた。
重度の呼吸困難なのに気管内挿管を拒否する患者の説得。コロナ感染の検査に来診したのに、やり方が気に入らず「お前ら全員にうつしてやらあ」とスタッフに息を吐きかけ続ける男の逮捕。地獄の戦場で、さらに足を引っ張るような輩(やから)がいるのだからたまったものではない。
終末医療の意思表示「モルスト」を厳守せねばならない。社会格差による健康格差が「命の格差」に直結する。米国ならではのややこしさが困難な闘いに追い打ちをかける。
ここまでが前半の2章「コロナ最前線の真っただ中へ」と「『死』の周辺」の内容だ。後半の2章は、米国で医師になるということ、そして、米国の医療制度について。こちらも劣らず面白いのだが、紹介するには残念ながら紙面が足りない。
この本の聞き手=書き手は『さいごの色街飛田』で知られるノンフィクションライター・井上理津子。甥(おい)である大内の話を電話やズームで取材してまとめたというその成り立ちも相当にコロナっぽい今様(いまよう)さだ。
◇おおうち・けい=大阪市生まれ。医師◇いのうえ・りつこ=ノンフィクションライター。