『サイバーグレートゲーム』
書籍情報:openBD
サイバーグレートゲーム 土屋大洋著
[レビュアー] 国分良成(国際政治学者・防衛大学校長)
タイトルからするとスパイ小説のようだが、本書は選挙介入やフェイクニュースなど、近年のサイバー問題をめぐる複雑な国際政治を明快な筆致で論じた研究書である。文理融合型研究はまだ少ないが、著者は科学技術をめぐる国際政治学をリードする気鋭の研究者である。
19世紀以降の中央アジアをめぐるイギリスとロシアの覇権争いを一般に「グレートゲーム」と呼ぶ。本書のタイトルは、サイバーこそが現代のグレートゲームだと考える著者の思いからきている。
著者によれば、かつては将来的なテーマとしてしか語られなかったサイバーセキュリティが、2010年以降、国際政治の中心テーマとして急浮上した。この年、イランの核施設に対する史上最大といわれる大規模なサイバー攻撃が起こった。
現在、米国のサイバー軍は陸、海、空、海兵隊などの軍種を超えた統合軍のひとつとして別格扱いである。中国では15年に陸、海、空軍と並んで、核・ミサイルを扱うロケット軍と宇宙・サイバーを扱う戦略支援部隊が創設され、「サイバー強国」を標榜(ひょうぼう)している。
日本でも、18年の防衛大綱の中で、陸、海、空に「宇宙、サイバー、電磁波」(ウサデン)を加えた「多次元統合防衛力」が提起された。攻撃と防衛が表裏一体のサイバーセキュリティの世界で、日本もまずは攻撃能力の研究を進めるべきだと著者はいう。
サイバー攻撃における最大の関心は攻撃源を突き止めるアトリビューション(特定)だが、著者はリスク軽減や初期対応能力の増強を目指す近年のアンティシペーション(予期)の政策指向にも注目している。そのための国際対話も増えているが、各国の思惑が交錯しているようだ。
科学技術の進歩は速まるばかりだが、それを有効に使う哲学と制度が後塵(こうじん)を拝している。その格差を埋めるにはまさに文系の発想と思考が不可欠である。著者のフロンティア精神に敬意を表したい。
◇つちや・もとひろ=1970年生まれ。慶応大教授。著書に『サイバーセキュリティと国際政治』など。