マーガレット・アトウッド『侍女の物語』から34年、待ち望まれた続編『誓願』を作家・谷崎由依が読む

レビュー

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誓願

『誓願』

著者
マーガレット・アトウッド [著]/鴻巣 友季子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152099709
発売日
2020/10/01
価格
3,190円(税込)

書籍情報:openBD

ディストピアのその先に

[レビュアー] 谷崎由依(作家・翻訳家)

 キリスト教原理主義により統治される、徹底した男性優位の国家ギレアデ。女性は人権を剥奪され、高官の〈妻〉か下働きの〈マーサ〉、女たちを統制する〈小母〉、あるいは出産以外の機能を封じられ、性の穢れを負わされる〈侍女〉の、いずれかになるしかない。近未来のアメリカに出現したそんな世界での出来事を、〈侍女〉の一人語りで描いた前作『侍女の物語』から三十四年後、待ち望まれた続編がこの『誓願』である。

 語り手は三人登場する。〈小母〉のなかでも最高の実権を持つリディア小母。ギレアデ内部で育てられ、〈妻〉となるべく教育を受ける少女アグネス。隣国カナダで古着屋の娘として、一見ありふれた日常を送るデイジー。前作から本作まで、小説内で経っている時間は十五年ほどで、国家機構は堅固なものになっている一方、綻びも見えはじめている。

 そのことは何よりも、俯瞰的な視座を持つリディア小母の手稿から読み取れる。司令官をはじめとする男たちの不行状は、明るみに出れば国家を揺るがすスキャンダルともなりうる。アグネスの日々、とりわけ花嫁学校に移って以降は、〈妻〉になる女性もけっして幸福ではないことを伝えている。それどころか児童の性的虐待を扱う彼女の語りが、もっともつらく苦しく憤りを掻きたてるものだ。平和だったデイジーの日々は、両親の爆殺という事件により唐突に断ち切られる。伝道師〈真珠女子〉、また過去にギレアデからカナダに“奪われた”(ほんとうのところは脱出した)〈幼子ニコール〉、亡命を助ける〈メーデー〉や〈地下女性鉄道〉といった、国境を行き来するさまざまな要素が絡むことで、三人の語りが有機的に繋がり、やがてはひとつの息もつかせぬ奔流となっていく。

 唖然とするようなディストピアだと、『侍女の物語』初読時には思われたギレアデの世界観は、いまとなってはリアリティに満ちていて、この現在を予見していたかのようだ。前例のないことはひとつも書いていないとアトウッドは述べているが、歴史は繰り返すということかもしれない。わたしが今回目を引かれたのが、奴隷制度や人種隔離政策との共通点だ。〈地下女性鉄道〉はその呼称からして黒人奴隷の逃亡を助けた地下鉄道を下敷きにしているし、治産や読み書きを禁じ、白人(本作中では男性)と完全に住み分けさせることも、かつてアメリカで黒人たちに行われた政策だ。それにしてもキリストが男性である時点で、この一神教は本質的に男性優位的なのかもしれない。

 数々目を覆いたくなるくだりが出てくるが、それでもなお読後は軽やかだ。前作の伏線を余さず拾い、それでいて大胆かつ壮大な物語に仕立てたアトウッドの円熟は見事というほかない。娘を失った母の語りに応答するかのように、今度は娘の物語を描いたこと、そして失われたままにはしなかったことも。未来はいまだ訪れず、それゆえにひらかれている。

河出書房新社 文藝
2021年春季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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