ブランチブックリポーターが読む“ホットワインのような小説”、島本理生最新長編『2020年の恋人たち』

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2020年の恋人たち = Amantes en 2020

『2020年の恋人たち = Amantes en 2020』

著者
島本, 理生, 1983-
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120052798
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

強さと優しさの深い味わい

[レビュアー] 齋藤明里(女優)

 寒い時期になるとホットワインが飲みたくなります。大人になって初めて手にすることができる、特別なひととき。きらきらとした赤色の輝きは宝石のようで、くらりとくる香りにうっとりしながら、フルーツのさわやかさ、シナモンやクローブのスパイシーさ、とろりとした蜂蜜の甘さを味わっていく……。ワインらしい酸味や渋みはアクセントとなり、一口飲むだけで心が掴まれてしまうお酒に、身も心も温まります。

 島本理生さんの新作『2020年の恋人たち』は、そんなホットワインのような小説でした。一ページ目から香ってくる、しっとりとした大人の雰囲気、切ない始まり方。そこに新しい世界への道、出逢いや恋、別れなど、様々な要素が継ぎ足され、人生の酸いも甘いも混じり合った物語が注がれる─そんな味わいでした。

 三十二歳の葵は会社勤め。リストラで引きこもってしまった彼氏と同棲しながら真面目に働いていましたが、母の遺したワインバーを受け継いで、新しくオープンさせることを決意します。そこの厨房を任せる同年代の青年や、アドバイスをくれるキザな雑誌編集者、近所のおでん屋の寡黙な店主など、多くの男性たちと出逢いながら、彼女は自分の心と向き合っていきます。

 わたしは最初、葵は心が満たされていないように感じました。同棲相手は引きこもっていて考えがわからないし、愛人として生きた母を反面教師にしていたのに惹かれた相手は既婚者で、さらに義理の兄妹との関係にも思い悩む。それでも、自分でやろうと決めたワインバーは、彼女にとって少しずつ、心を満たす大切な場所となっていったのです。

 大人には、拠りどころ、というものが必要なのかもしれません。このために今わたしは生きている、と思えるもの。それは人によって違っていて、恋愛の人もいれば、仕事、家族などそれぞれです。葵が、ともにワインバーで働く松尾君という青年に抱いた、

「恋でも性でもない。でも、大事だと、思った。この子のことは大事だから、この店が第二の居場所になったのだ」

 という思い。自分にとって大切なもの、拠りどころがこのお店なんだと気づいた葵は、自分で生き方を選べるようになり、前に進むことができたのでしょう。終盤で描かれる彼女は、別れの淋しさを背負いながらも、どこか軽やかで、すっきりしているようにも見えました。

 大人は完璧じゃない。いくつになっても、弱さを感じたっていい。そんな自分自身を認めてあげる強さと、ともに生きるまわりの人への優しさを持つことが、きっと大人になるということなんだろう。読み終えて、そんなふうに考えました。

 好きなお店には何度でも通ってしまうように、また彼女たちに会いたくなりました。今度は甘いホットワインを用意して、もう一度ページをめくりたいと思います。もっと深く、素敵な大人の味わいを感じられる気がするのです。

河出書房新社 文藝
2021年春季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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