家に居ても本があれば大丈夫! ニューエンタメ書評!

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  • ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~
  • 名探偵のはらわた
  • 楽園とは探偵の不在なり
  • 昨日星を探した言い訳
  • 向日葵を手折る

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 各種「ミステリ・ベスト10」のアンケートの〆切が近付き、力作の刊行が相次いだので、ミステリを中心に紹介したい。

 横溝正史が戦時中に新潟県の地方紙に連載した『雪割草』は、遺稿類の整理で存在が明らかになり、研究者の調査で掲載紙が判明、二〇一八年に初めて単行本が刊行された幻の長篇小説である。三上延の人気の古書ミステリ『ビブリア古書堂の事件手帖II~扉子と空白の時~』(メディアワークス文庫)は、この『雪割草』をめぐる謎が描かれている。

 二〇一二年。旧家・上島家の女性が、一度も単行本化されていない『雪割草』の書籍と横溝の直筆原稿を持っていたらしいが、その死後に忽然と消えた。二〇二一年。栞子と大輔は再び『雪割草』が関係する上島家の騒動に巻き込まれる。

 上島家の家族の確執が事件を引き起こすところは『犬神家の一族』を、すべてが解明できなかった謎を時を隔てて解決する趣向は『病院坂の首縊りの家』を彷彿させるなど、物語全体が横溝作品の見立てになっており、著者が作中にちりばめた横溝の痕跡を探しながら読むのも一興である。

 白井智之『名探偵のはらわた』(新潮社)は、タイトルだけで著者が得意とするグロテスクな物語世界を思い浮かべてしまうが、すぐに探偵助手を務める主人公の名前が原田亘、通称「はらわた」だという直球かつ脱力的な意味だと判明する。ただ、それだけでは終わらず、森の小屋を訪れた若者たちが恐るべき死霊を蘇らせるサム・ライミ監督の『死霊のはらわた』へのオマージュであり、さらに別のはらわたも出てくるので、設定だけで一筋縄ではいかない著者らしさが満喫できる。

 放火炎上した建物からなぜか被害者が逃げなかった謎を追う第一話「神咒寺事件」は、どれが間違いか分からないほどの多重解決もので、外れた推理と正解の推理の繋げ方にも意外性があった。第二話「八重定事件」以降は、名探偵と助手のはらわたが、津山三十人殺し、阿部定事件、帝銀事件、青酸コーラ事件と類似した事件を起こした犯人と戦うことになる。そのためロジカルな謎解きはもちろん、史実の隙間に虚構の伏線を織り込む手法にも驚かされるだろう。前作『そして誰も死ななかった』と同じくエログロ趣味が抑えられており、初めて著者の作品に触れる人にもお勧めできる。

 斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)は、ある日、突然出現した天使が、二人以上を殺した人間を地獄へと引き摺り込むようになった社会を舞台にした特殊設定ミステリである。

 信頼できる仲間と正義の味方を目指していたが、不幸に見舞われ、さらに天使の登場で存在意義がゆらぎ失意の中にあった探偵の青岸焦は、富豪の常木王凱に孤島の屋敷へ招かれた。島には常木によって多くの天使が集められ、常木と同じく天使に憑かれた人たちが招待されていた。この屋敷で常木が殺されたことを切っ掛けに、連続殺人事件に発展する。

 過失であっても二人を殺せば地獄へ送られる、天使は砂糖を使うと集められるなどのルールを使い、この世界でしか成立しない見事なトリックを作っていた。探偵よりも早く犯人を見付け裁きを下す天使を使い、探偵の役割や正義とは何かを追究したところは、ミステリ論としても秀逸である。

 天使の登場は、なぜ一人の殺人は許されるのかなど様々な矛盾を生み出したとされているが、これは現在の量刑が適切なのかにも繋がる問題提起といえる。天使に監視され裁判もなく地獄へ送られる社会のディストピア感は、重罰を科せば犯罪は減るとの見解への痛烈なカウンターに思えてならない。

 河野裕『昨日星を探した言い訳』(KADOKAWA)も、アクチュアルなテーマを描いている。全寮制の中高一貫校を舞台にした青春小説だが、物語が進むにつれ、黒い目と緑の目を持つ人が混在し、緑の目の人たちが歴史的にも、今も差別されている事実が分かってくる。真の共生とは何か、差別がない社会は人を幸福にするのかとのメッセージは心に響く。

 ホラーと本格ミステリを融合している澤村伊智の新作『うるはしみにくし あなたのともだち』(双葉社)も、人の容姿を醜くするおまじないが現実になる特殊設定を用いている。

 四ツ角高校三年二組でスクールカースト上位だった美少女が、突然自殺した。この学校には、ある怪談が伝わっていた。約三十年前に醜い容姿をからかわれ自殺した姫崎麗美という生徒がおり、彼女に選ばれた少女には存在しない占い雑誌が届けられ、そこに書かれたおまじないを実行すると憎い相手の容姿を変えられるというのだ。教師の小谷舞香は、その占い雑誌が実在しているとしか思えない怪事件の調査を始める。

 随所に犯人のものらしき独白が挿入されているので、ミステリ好きならすぐに叙述トリックを疑うだろうが、著者は読者の予測を超える驚愕の仕掛けを用意しており、二転三転する終盤には圧倒されるはずだ。舞香たち教師が“叙述トリック講義”とでも呼ぶべき議論をするシーンがあるが、これは叙述トリック論を書いても読者に真相を見破られることはないという著者の自信の表れだったように思えた。

 容姿という身近な題材を描いているだけに、美醜に敏感な少女たちの葛藤がリアルに感じられる。容姿で人を判断する愚かさに切り込んだテーマは、重く受け止める必要がある。

 彩坂美月『向日葵を手折る』(実業之日本社)は、父の急逝で母の実家がある山形県の山村に引っ越した小学六年の高橋みのりが経験する事件と成長を描く青春ミステリである。

 みのりは、近所の優しい少年・怜や同級生の雛子とすぐに仲良くなる。同じクラスには粗暴な隼人がいて、隼人が雛子に暴力を振るう現場を見たみのりは、怜が隼人と親しくしているのが理解できなかった。排他的な村には、子供を殺す向日葵男の伝説があり、それもみのりを恐れさせていた。

 特にミステリらしい事件が起こらないように思えるが、中盤以降になると、みのりが目撃した出来事がまったく別の解釈で読み替えられる構図の反転が続き、それと共に見えないところで進んでいた深刻な社会問題も浮かび上がってくる。

 この構成は、注意を払わなければ人の心の闇、社会の闇に気付けないことや、外部の目が届かない閉鎖空間で闇が増幅している現実を、象徴的に描いており強く印象に残る。

 二〇二〇年は、藤井聡太八段が棋聖、王位の二冠を獲得し、さらに将棋への注目が高まった。それを意識したのではないだろうが、奥泉光『死神の棋譜』(新潮社)は将棋ミステリである。

 プロ棋士を目指すも挫折しライターになった北沢は、棋士たちから不詰めと思われる詰将棋を見せられる。この詰将棋は、矢文になっていたものをプロ棋士の夏尾が発見したらしい。その直後、夏尾が姿を消した。やはりプロ棋士になれなかった先輩ライターの天谷によると、かつて同じ詰将棋を持っていた奨励会の十河も失踪したという。

 詰将棋を作ったのは、戦前に北海道を拠点にし将棋を重んじたことから魔道会の異名があった新興宗教団体だったことが判明するなど、事件には怪しい伝奇色が加わっていく。その一方で、北沢が事件に興味を持った美人女流棋士の玖村と北海道に行って調査をするうち恋心を抱く恋愛要素もあるなど、シリアス一辺倒にならない絶妙なバランスが面白い。

 謎の詰将棋の背後には、戦前に麻薬を扱った特務機関の影が見え隠れし、事件を追ううちに失踪した棋士たちと似た境遇になる北沢が見る幻覚が現実との境界を破壊し、これらが真相を宙吊りにしていくところは、『葦と百合』など著者の初期作品に近いテイストがある。将棋の究極の真理を求めた魔道会と謎の解明が曖昧になる展開の対比を読むと、この世界に本当に真理があるのかを考えることになるだろう。

 盤上ゲームが題材の連作集『盤上の夜』でデビューし、『宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー』を編纂した宮内悠介の『黄色い夜』(集英社)は、カジノでの多彩な勝負と息詰まる攻防戦が連続する本格的なギャンブル小説である。

 日本人のルイは、エチオピアと国境紛争中ながらギャンブル立国として世界中から客を集めているE国に入る。E国のカジノは巨大な塔で、上に行くほど掛金が高額になる。ルイが実績を上げながら上層階を目指すところは、ブルース・リー主演の映画『死亡遊戯』を思わせる。作中には、『偶然の聖地』の注で書かれた著者の経験と重なるエピソードがあり、同書を読んでおくとより楽しめる。

 ルイは、最上階でラスボスの国王と勝負してE国を手に入れ、新しい国家を作ろうとしていた。本書は決して長大ではないが、新国家をめぐる思索を通して、カジノによる経済刺激策の是非、経済のグローバル化による世界的な格差の広がり、地域紛争や宗教紛争が起こる原因など、日本と世界が抱える諸問題が俎上に載せられていくので、物語のスケールは大きい。

 長浦京は寡作だが、二作目の『リボルバー・リリー』が第十九回大藪春彦賞を受賞するなど、高く評価されている。中国返還前夜の香港を舞台に、イタリア人の富豪が世界中から集めた負け犬の男たちが、危険なミッションに挑む『アンダードッグス』(KADOKAWA)も、間違いなく賞レースにからんでくるだろう。

 香港に集められたのは、不正の責任を取らされ国家公務員を辞めさせられた古葉慶太ら、素人ばかり。武器も扱えなければ、犯罪とも無縁だった古葉たちが、経験とスキルを武器に、軍人や警官、裏社会の人間と互角に渡り合うところは、プロの闘いを描いた作品とは違う緊迫感がある。全編がアクションと謀略戦だが、二つの時代を交互に描く構成に仕掛けがあり、謎解き要素も満載だ。

 何も悪いことをしていないのに職を失い鬱屈していた古葉たちは、逆転のために戦うことで輝いていく。この展開は、新たな挑戦をしなければ人生が切り開けないことを教えてくれるので、厳しい時代を生きる現代人は勇気がもらえるはずだ。

末國善己

角川春樹事務所 ランティエ
2020年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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