SFかホラーか? 新たなる新境地を開いた貴志祐介新作を、池上冬樹さんとともに縦横無尽に語り尽くす

対談・鼎談

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我々は、みな孤独である

『我々は、みな孤独である』

著者
貴志祐介 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413619
発売日
2020/09/15
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

貴志祐介の世界

[文] 角川春樹事務所


貴志祐介 撮影:福田拓

特にいま、人との接触が難しくなった時代に、孤独とは、生きること死ぬこととは?を考えさせられる、傑作エンターテインメント。

主人公に探偵を据え、依頼者の”前世”を探っていくという冒頭から、一気に引き込まれる展開を見せる本作品はどのように創られたのだろうか。

 ***

オカルト風味を入れたいなというのが、最小の発想だった

池上冬樹(以下、池上) 貴志さんは『黒い家』で日本ホラー小説大賞(一九九七年)、『硝子のハンマー』で日本推理作家協会賞(二〇〇五年)、『新世界より』で日本SF大賞(〇八年)、圧倒的な犯罪小説である『悪の教典』で山田風太郎賞(一〇年)を受賞するなど様々なジャンルに挑戦している。ジャンルへの挑戦というよりも、ジャンルを熟知した上での新たな方向というか、誰もなしえなかったところに向かおうとしているのが、貴志文学の凄さかと思うのですが、最新作『我々は、みな孤独である』には驚きました。私立探偵茶畑徹朗が主人公なので、今度は私立探偵小説かなと思ったら、全く違っていた。一代で優良企業を作り上げた会社の会長から、「前世で自分を殺した犯人を捜してほしい」という不可思議な依頼を受ける。この発想はどこから生まれたのでしょう?

貴志祐介(以下、貴志) 角川春樹事務所の新作、ということでオカルト風味というのを入れたいなと思っていました。ただプロットを作るにつれて、どんどん複雑化していった感じですね。前世を発展させようというのはありましたので、色々な前世のシーンをちりばめたくなった。

池上 前世の記憶がかなり古いものだから、時代小説の作家に依頼して、前世の記憶とおぼしきものを小説仕立てに作り上げて、事件や方言から推理をしていく。小説内小説というか、様々なテキストが出てくる。とくに時代小説ですね。

貴志 時代小説も書いてみたいと思っていたことがあったんです。ただ余りにもハードルが高いというか、一本丸々時代小説というのは無理かなと。やるからにはスーパーリアルにやりたいなというのがありまして、ですから昔の言葉や方言を厳密に使った。そういうものを多用して書きたいというのがあった。でも、あの長さが精一杯だった。

池上 なかなか堂にいっていて感心しました。時代小説にちょっと色気が出たのでは?

貴志 実はですね、松永弾正を書きたかったのですが、先に書かれてしまいました。天海僧正と金地院崇伝の話も書きたいなと思っていたんですが、それも書かれていますしね。本職の方と張り合うのは難しい(笑) 。

池上 でも、本職のミステリー作家としては見事です。前世をテーマにしていますが、そればかりではない。ネタがぎっしりとつまっている。前世の犯人捜しからはじまり、部下の失踪、元恋人の震災における謎の行動と死、会社のM&Aの機密漏洩と盛り沢山。

貴志 てんこ盛りにしたという感じはありますね。ただもうこれ以上入れると、収拾がつかないと思い、本誌連載のときは辻褄を合わせて最後まで書き切ったのですが、今回本にするにあたって読み返したら何かが足りないと思った。茶畑のラブストーリーの部分がほとんど欠落していたんですね。

連載版と単行本版の違いについて

池上 え? 元恋人のくだりは雑誌連載時にはなかったのですか?

貴志 ありませんでした。本当に感情に訴える部分がなくて、ズシンとくるような読後感が得られないんじゃないかと思った。でも、茶畑に東日本大震災で亡くした恋人がいるという過去をもたせることで、最終的には上手く嵌ったのかなと思いました。

池上 元恋人の話もいいのですが、主人公の探偵が関係者を訪ねて調べていくうちに、感化されてしまい、彼自身も前世の夢を見てしまう過程がわくわくしますね。依頼人の前世と関係している人間ではないのかと推理する。茶畑は、安楽椅子探偵ならぬ「うたた寝探偵」と自嘲しますね。昼寝をすれば自動的に手がかりが夢に現れて少しは謎が解けるので、うたた寝探偵。夢の細部をひとつひとつ検証して、真相に迫っていくのが実に面白い。

貴志 実際の夢というのは時系列では見ない。いきなり核心に入ったり前後したり。ところがこれは前世の記憶なので、最初から順番に。自分の記憶とはいえ他人の行動の記憶でもあるから推理していくことになる。

池上 それが歴史上の有名な戦いや第二次世界大戦へと繋がるのもいい。

貴志 昔の人は色々な場面で厳しいことに直面していた。今我々が大変だと言うのとは桁が違うし、質も違う。それを蘇らせ、少しでも何かを現代の人たちに感じさせたいという願望があった。とくに太平洋戦争におけるニューギニアの餓死に至る過程はひどすぎて、資料を読んで本当に怒りがこみ上げてきた。昔から日本軍は、下士官は優秀で真ん中はそこそこで上は大馬鹿だと言われていましたが、本当にそうだなと思いました。兵站のことを全く考えていないし、兵士を消耗品というか、将棋の駒としか思っていない。

池上 「人が人に対してふるう暴力や残虐行為は、宇宙で最悪の愚行です」という言葉を何度か出して、戦争体験をはじめとして暴力や残虐行為を告発している。一方で、むごたらしい暴力をスラップスティックに捉えてもいる。日本に上陸したメキシコの麻薬カルテルのマフィアの一人を拷問にかける場面が出てきて、これが何とも残酷で怖いのですが、どこかにふっきれた笑いがある。またかなり楽しんで書いている気配がある。

貴志 楽しかったです(笑)。私は昔からよく答えているんですが、変人を書いてるのが一番楽しい。奇人ではなくて変人。ヤクザ社会でも多分生きてはいけないほど歪んでいてぶっ飛んでいる。拷問の場面はリアルに思い浮かべると気持ち悪くなってしまうので、半分ギャグですね。相手がメキシカンだからというわけでもないですが、鱧の骨切りに見立てた和風の拷問で。和風は和風で結構昔から酷いことやっていますのでね。『悪の教典』がそうでしたが、変人を書いている時と同じぐらい悪人を書く愉しさがある。悪人というのは自由。我々は本当に日々不自由な生活をしていることがわかる。悪人を描くと彼らは非常に軽やかで何も心配せずに生きていますよね。

池上 そういう悪の魅力も本書にはありますね。着想もそうですが、展開も予想外の所にぐいぐいとひっぱっていく。ジャンルも横断する。貴志さんは本当に色んなジャンルを知っている。あらゆるものを非常にうまくミックスしてなおかつ新しい作品を生み出している。それは読書量が豊富だから、違う方向に行こうとする意識も相当あるのではないですか。

昔読んだSF小説からの発想が活きてきた

貴志 昔読んだ作家の作品が、面白くて忘れられないというのがあります。最近ああいうのがないなと思うと、真似することはできないんですけれども、自分なりに書きたくなる。週刊文春で連載の始まった『辻占の女』も、ストーリーは違うけれど、頭の中にあったのはカトリーヌ・アルレーの『わらの女』。全然違うシチュエーションですが、女性が主人公で追い詰められていく設定で、もっと複雑にしている。昔と比べると今の小説は総合格闘技になっていて、昔は投げ技だけ、パンチだけでもできたんですけど、今はなんでもできないといけない。そのぶん難しくなっていて勉強が必要ですね。

池上 小説内小説もそうですが、本書で特徴的なのは、ストックトン『女か虎か』、フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』など様々な小説を引用して注釈をつけている点ですね。とくに金子光晴の詩句の引用が効果的です。「そらのふかさをみつめてはいけない。その眼はひかりでやきつぶされる」。これは本書のテーマと直結しますね。

貴志 あれはちょっとSF的というか、昔から使いたかったんですね。別のところで「凝視してはならない」とも書きましたが、真実というのはひょっとしたら人間には耐えられないものなのかもしれないということです。真っ正直に探求すればいいというものでもない。目を逸らした方が生きやすいし、気が狂わなくて済むんだからという話でもある。

池上 孤独というテーマと繋がりますね。死よりも恐ろしいものとは何かという問いに対し、「孤独よ。もっと本質的、絶対的な、宇宙的と言ってもいい孤独」という言葉が出てきます。コロナ禍のいま、閉じこもっている人たちに響く言葉ですね。

貴志 私は孤独には強いタイプだと自負してきたんです。でもやっぱり真の孤独には人間は耐えられないと最近は思うようになった。新型コロナ程度の孤独でも、つまり友達も家に呼べなくなったし、人に会いに行くこともなかなかできない。このぐらいで結構コロナ鬱みたいな状態になって、ちょっと前まで暴飲暴食でぶくぶく太ってしまい、最近運動して、大分元に戻したのですが(笑) 。小説の中に「我々は、みな孤独なのです。この冷たい宇宙の中で正気を保ち続けるのは、神にとってすら至難の業なのです」という言葉も出しましたが、書いているうちに頭にあったのは、広大な宇宙の中で生きることの意味ですね。昔、理系の人と話した時に、彼は「宇宙の真理を知ることができたら、一時間後に死んでもいい」とか言っていたけれど、私はちょっとそこまでは思えない。でも、天寿を全うするにしても、知ってしまったら普通に余生を送れないのではないかという気もします。

池上 「人生も、宇宙も、わたしたちが見ている夢にすぎないのよ」という台詞も出てきますね。夢、前世、宇宙、そして孤独。そういうものの一つの答というものが最後の最後に出てきます。ある種のラブストーリーとともに。ひじょうに壮大で神秘的な結末ですね。ジャンルを知り尽くした作家の、「総合格闘技」ともいうべき現代エンターテインメントの秀作ではないかと思います。

貴志 ちょっと読者によっては怒る人もいるかもしれませんが、こんな小説があってもいいんじゃないかなと思います。SFが好きで、ミステリー好きの私の感覚ですがね。

 ***

貴志祐介(きし・ゆうすけ)
1959年大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。96年「ISOLA」で日本ホラー小説大賞長編部門の佳作となり、『十三番目の人格ISOLA』と改題して刊行される。その後、様々な文学賞を受賞し、映像化された作品も多数。近著に『罪人の選択』。

インタビュー:池上冬樹 写真:福田拓

角川春樹事務所 ランティエ
2020年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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