『その果てを知らず』
書籍情報:openBD
その果てを知らず 眉村卓著
[レビュアー] 飯間浩明(国語辞典編纂者)
大学生の頃、眉村さんの講演会に行きました。内容は、自身の経歴を踏まえた文章論や、未来論などについて。質疑応答の時、私は思わず手を挙げ、文学的文章と科学的文章の違いについて尋ねました。丁寧に答えてもらえてうれしかったことを、今でも覚えています。
その眉村さんが老年を迎え、妻を送り、自らも病を得て、死を身近に感じながら書いたのがこの小説です。実は私は、眉村さんの代表作を何冊か読んだきりで、熱心な読者とは言えません。でも、なぜか最後にまたじっくり話を聞きたくなって、ページを開きました。
冒頭、作者を思わせる主人公は、大阪の家から近い病院に入院しています。肥大した腫瘍を抗がん剤と放射線で治療する毎日。退院しても<先はそう長くないはずである>と、彼は観念しています。
残された時間を静かに過ごして終わるのかと思いきや、そうはいかない。主人公はリアルな幻覚に襲われるようになります。病室の天井から透明な膜がはがれ落ちてきたり、窓の外に昔の町が見えたり。
退院を許され、新幹線で東京に向かう途上で、主人公は自分の過去を振り返り始めます。これも一種の幻覚かもしれない。会社をやめて作家になる決断をした頃。SF草創期を作った作家仲間との日々。脱線話を含む主人公の体験談は、人生訓としても、雑談としても楽しめます。
主人公が折々に執筆するSF短編作品の数々も、小説中に挿入されます。どの作品も奇妙で、主人公の幻覚と一続きになっているかのよう。やがて、幻覚と主人公の日常はだんだん混ざり合っていきます。
独り暮らしで、死を目前にした主人公は、はたして寂しかったのでしょうか。どうもそうは思えません。彼は一生かかって、無数の妄想、幻想、虚構の世界を生み出しました。この世を去った後も、彼は自分の生み出した別の世界の中で生き続けているのに違いありません。
◇まゆむら・たく=1934~2019年。日本SF第一世代の作家。代表作に『なぞの転校生』『ねらわれた学園』。