化け者心中 蝉谷めぐ実著 KADOKAWA

レビュー

4
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化け者心中

『化け者心中』

著者
蝉谷 めぐ実 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041099858
発売日
2020/10/30
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

化け者心中 蝉谷めぐ実著 KADOKAWA

[レビュアー] 木内昇(作家)

 なにか棲(す)んでいる。古い建物に踏み入ると、そんな気配を感ずることがある。幾多の人の強い存念が行き交う場ならなおのこと。もっとも霊感ゼロの評者のことゆえ当てにはならぬが、野性時代新人賞を射止めた本作に引き込まれるうち、さもありなんと大きく頷(うなず)いた次第。

 ときは文政。芝居小屋が建ち並ぶ江戸は二丁町。中村座の一部屋で、六人の役者が車座になって新作の本読みをしている。座元、中村勘三郎が見守る中、座付き作者が読み上げる、個々の台詞(せりふ)を確かめるのだ。と、百目蝋燭(ろうそく)の灯がふっと揺らいだ。刹那、首がひとつ、ごろりと転がる。暗がりに響くのは、骨や肉を食(は)む音。だが次に灯(あか)りがともったとき、誰も欠けずにその場に在る。人ひとり喰(く)らった「鬼」が、誰かに成り代わっているということか――。

 この変事を解き明かすべく勘三郎が助けを求めたのが、当代一の女形と称されながら、ある事件で臑(すね)半ばから両足を失い、役者の道を退いた田村魚之助。加えて、彼に振り回される鳥屋の青年、藤九郎。ふたりの軽妙な掛け合いが、陰惨になりそうな物語を明るく弾ませる。

 鬼探しの過程で露(あら)わになるのは、役者衆の抱える妬みや羨望、絶望だ。名門の名跡を継ぎながら、力量が伴わぬと嘆く者。芸が秀でているばかりに、陰険ないじめを受ける若女形。才とは望む者に与えられるわけではない。努めれば必ず実るというのも幻想だ。そんな理不尽の中に身を置き、同志であると同時にライバルでもある役者衆。彼らのもがきは、図抜けた資質と器量を持ちながら、舞台から降りることを余儀なくされた魚之助の目にどう映ったのか。そして、まことの「鬼」とは果たしてなんなのか。

 おそらく魚之助のモデルは、壊疽(えそ)で四肢を断った女形、三代目澤村田之助。当時の歌舞伎界に分け入りつつも、造詣をお噺(はなし)に違和なく溶かし、自在に「人」を活写したこの世界。皆々様、どうぞ心ゆくまで浸ってくだっし。

読売新聞
2021年1月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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