古い価値観のアップデートを求められる“お笑いの世界”を描いた物語2作品

レビュー

9
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おもろい以外いらんねん

『おもろい以外いらんねん』

著者
大前粟生 [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309029405
発売日
2021/01/26
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

三人

『三人』

著者
桝本 壮志 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163913070
発売日
2020/12/17
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 仕事・人生]『おもろい以外いらんねん』大前粟生/『三人』桝本壮志

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 一昨年のM-1グランプリで最終決戦に進出したお笑いコンビ・ペこぱのブレイクにより、「傷つけない笑い」「優しい笑い」に注目が集まるようになった。昨年五月には、東野幸治が自身のYouTubeチャンネルで明石家さんまの失言を例に出し、芸人たちは昨今急変しつつあるジェンダー意識を学び、古い価値観を「アップデート」しなければいけない、と自戒を込めて提唱している。お笑いの世界の、変わりつつある部分となかなか変わらない部分を観察することには、大きな意義がある。その理由の一つは、お笑い界は極端な男社会だからだ。現況の日本社会がおおむね、そうであるように。

 大前粟生『おもろい以外いらんねん』(河出書房新社)は、高校二年生の咲太(「俺」)が、「芸人なろうかなー」と突然夢を語り出した幼馴染の滝場に、「文化祭でオレら漫才やってみいひんか?」と誘われるシーンから物語が始まる。〈俺は、めっちゃうれしかったから、/「考えといたるわ」/といった〉。自分も芸人になりたかったからではなく、滝場が自分を選んでくれたと感じたからだ。ところが同じ日に、滝場は転校生のユウキにもコンビ結成の声をかけた。本人は文化祭で二つのグループを掛け持ちすると言っていたのだが……滝場は最終的に、ユウキを相方に選んだ。そのコンビ名は、馬場リッチバルコニー。

 一〇年後にジャンプして再起動する物語では、芸歴八年の馬場リッチバルコニーが意外な形でブレイクし、炎上していくさまを、ホテルマンとして働く「俺」がまるで我が事のように観察していく。彼の内面には一〇年前の相方選びで付けられた「傷」があり、穴となっている。その穴を通じてさまざまな人物の内面が出入りし、その穴がピンホールカメラのように機能して、お笑いという男社会の生々しい姿をくっきり映し出してみせる。優しさに辿り着くために必要なのは、自己の加害性の認識なのだ。純度が高い青春ストーリーの衣をまといながら、本作はそのことを教えてくれる。しかもラストで、実はミステリーだった……と驚かされるおまけ付き。

 自身もお笑いの世界で活躍する桝本壮志が手がけた『三人』(文藝春秋)は、売れっ子芸人、人気放送作家、売れない芸人の三者が同棲生活を送る日々を描き出しながら、職業としてのお笑いのリアルを綴る。ネタであっても不用意な発言をすればすぐに叩かれ、芸人を志していた頃に見ていたテレビ番組は、不況で吹っ飛んだ。〈厳しい時代が始まったんじゃなくて、楽な時代が終わったんだよ〉。時代が変わったならば、もう一度時代が変わるのを待つのではなくて、自分が変わるしかない。この物語は繰り返しそう語る。

 お笑いの世界を描く物語は、日本社会を描く物語でもある。文学(社会批評性)とエンタメが否応なしに両立する、得難い題材なのかもしれない。

新潮社 小説新潮
2021年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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