書評家・村上貴史が「怪作にして痛快作」「絶品の短篇集」と推薦する3作

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[本の森 ホラー・ミステリ]『信長島の惨劇』田中啓文/『妻は忘れない』矢樹純/『月下美人を待つ庭で 猫丸先輩の妄言』倉知淳

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 田中啓文がクリスティーの『そして誰もいなくなった』にオマージュを捧げた『信長島の惨劇』(早川書房)は、怪作にして痛快作だ。本能寺の変で織田信長を自害に追い込んだ明智光秀が羽柴秀吉軍に敗れた山崎合戦。その後の二週間に起きた“事件”の物語である。

 死んだはずの信長からの手紙により、秀吉、柴田勝家、高山右近、そして徳川家康が、三河湾に浮かぶ小島に呼び寄せられた。部下の帯同を禁じられ、船も返すように命じられた彼等は、待ち受けていた森蘭丸や千宗易(後の千利休)、お玉(後の細川ガラシャ)などとともに、島の館で過ごすことになる。だが、信長との面会が適わぬうちに彼等は次々と殺されていった。京で流行っている童歌の通りに……。

 外界との往来を遮断された孤島における連続童謡殺人事件を、著名な戦国武将たちが演じるのである。しかも彼等は推理合戦を繰り広げたりもする。それも史実をふまえて“動機”を語りつつ、である。まさに怪作だ。そのうえで著者は島で起きた事件について、実に丁寧に、一つ一つの要素を積み上げるようにして読者を“裏切って”ゆく。これもまた怪作たる所以なのだが、全体としては、信長と光秀の関係が描かれる冒頭から、謎解きが終わり関係者のその後が語られる結末まで、グイグイと読まされてしまう。そう、全くの痛快作なのだ。

 矢樹純『妻は忘れない』(新潮社)は、独立した五つの短篇を収録した一冊。人と人が織りなす綾が、見事にミステリとして結実している。表題作は、夫にいずれ殺されると怯える妻の心を彼女の視点から掘り下げつつ、思わぬ着地点へと読者を誘う。最終話では、恋に悩む大学生の息子を持つ母親を襲った“惨事”と、彼女がそれに対峙する姿を描き、読者を驚かせつつ温もりも感じさせてくれる。第二話や第四話では、価値観の相違や人との距離感の相違に起因する苛立ちや怖さが、伏線の効いたミステリに鮮やかに昇華されているし、第三話での我が儘な青年の物語が一変する様もスリリングである。抜群に巧みなのだが、それを意識させないほど小説に夢中にさせる絶品の短篇集である。

 倉知淳『月下美人を待つ庭で 猫丸先輩の妄言』(東京創元社)は、実に一五年ぶりとなる《猫丸先輩》シリーズ最新作だ。小柄で童顔な“猫丸先輩”が、知人との会話のなかなどで興味深そうな謎を見つけると、無遠慮に首を突っ込んでいって真相を見抜いていくという短篇が五つ収録されている。ともすれば余計なものと思える饒舌な会話が終盤において伏線に化ける様はこの作品の醍醐味であり絶品。犬が一時間だけ誘拐される「ついているきみへ」や、民家の庭への不法侵入事件が続く表題作をはじめ、粒揃いの一冊だ。

新潮社 小説新潮
2021年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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