バイデンで尖閣は守れるのか? 渡部恒雄と藤井彰夫が語る

対談・鼎談

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バイデンで尖閣は守れるか?

[文] 新潮社


バイデン大統領(photo by Gage Skidmore)

渡部恒雄×藤井彰夫・対談「バイデンで尖閣は守れるか?」

「プロレス大統領」トランプの治世は終焉を迎えたが、この4年間に国際情勢は大きく変化した。『2021年以後の世界秩序 国際情勢を読む20のアングル』(新潮新書)を上梓した渡部恒雄氏と日本経済新聞の藤井彰夫論説委員長が、これまでの常識が通用しなくなった世界のこれからの読み方を語り合った。

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藤井 私はトランプのことはずっと「プロレス大統領」と言っているんですけど、彼はもともと1980年代にカジノをやっていて、そこにプロレス興行を呼んだところから始まり、そのあと自分でリングに上がったりもして、遂にはプロレス殿堂入りもしている初の大統領なんです(笑)。彼の手法というのは、マイクパフォーマンスを含めほとんどプロレスと一緒。選挙後に負けを認めないというのは、ゴングがガンガンと鳴っているのにまだ試合後に場外で乱闘しているという感じです。これがプロレスならいいんですが、大統領がそれだと国民は大変ですよね。

渡部 プロレスは観ている方がわかっているからいいのですが、政治はそうはいきません。結果としてトランプ支持者たちの議場乱入によって死者まで出てしまったのは悲劇としか言いようがありません。

イエレン起用は「分断」の是正

藤井 トランプ政権の4年間で変わったこともあるんですが、アメリカの「分断」に関していえば、長い時間かけて変わってきた部分もあります。1990年代のクリントンのあたりが軍事的経済的に冷戦後のアメリカの頂点というか、特に経済では中国もそれほど強くなっておらず、向かうところ敵なしという状況でした。財政もそれまで赤字だったものが、98年度から黒字になりました。この時期、新興国で経済危機が起きたけれどもアメリカだけはびくともしなかった。

 ただ、ブッシュ(子)とゴアが大統領の座を争った2000年あたりから、分断がだんだん顕在化してきた。すぐ翌年に9・11が起きて、何となく国はまとまったように見えたけど、やはりそのあとのイラク戦争で分裂し、さらに下った08年のリーマン・ショックで分断が加速した。それをまとめようとオバマが出てきたけれども、結局うまくいかずトランプに至ったという流れだと思います。そういう意味では、アメリカの分断はこの20年くらいかけて起こっていて、トランプが加速させたということでしょう。

渡部 いま藤井さんがおっしゃった流れは重要で、ブッシュ(子)は最近トランプのことを手厳しく批判しましたが、トランプが政治家として台頭したきっかけはブッシュ(子)が始めたイラク戦争への反発だったのですから、そもそもトランプを生んだのはブッシュ(子)だともいえるのです。そして、分断の背景にはグローバリゼーションの負の影響があります。今回、財務長官に指名されたイエレンはそこの意識が強い。イエレン起用は分断の一つの要素となった貧富の格差の是正という面もあるのではないでしょうか。

藤井 バイデン政権の特徴は、全般的に女性活用ということ。労働経済にも強いイエレン起用に関して言えば、労働者、そしてグローバル化で傷ついた人々を何とか救いたいというイメージを出そうとしている。サンダースまで左には行かないけど、クリントン、オバマよりはやや左の感じになっている。リーマン・ショックの後にオバマ政権が助けたのはウォールストリート(金融界)でメインストリート(普通の人々)ではないと言われてしまいました。金融界には金は出したけれども、ラストベルトの人々にはちゃんとしたケアが行かなかった。その結果、民主党から人が離れ、トランプを生んだわけです。そこをバイデンはわかっているから、オバマとは違う、メインストリートを見た政策をやらなきゃならないということなんです。

老練なバイデン

藤井 分断はすべてがトランプのせいではないのですが、対中政策に関していえば、トランプ政権で明らかに大きく転換した。彼自身は貿易赤字のことしか頭になかったかもしれませんが、ポンペオ国務長官をはじめ、政権幹部がその流れを固めていった。歴代政権も本音では「アメリカ・ファースト」なんです。でも、言葉の上では国際協調とか同盟国重視ということを言っていたけど、トランプは初めて本音で「アメリカ・ファースト」と言ってしまった。これはやはり大きな政策転換ですし、そう簡単に戻れないということになってしまいましたね。

渡部 しかもトランプの場合は「アメリカ・ファースト」と言っていますが、トランプ自身は「トランプ・ファースト」なんですよ(笑)。トランプに仕えたボルトン前国家安全保障担当補佐官は、「アメリカ・ファースト」の極みのような人だけれども、国益よりも私益を優先するトランプが許せず袂を分かち、議会乱入事件の後も、大統領が交代する1月20日を過ぎれば、トランプの影響力は劇的に低下すると発言しています。同じくトランプに仕えた保守派のマティス元国防長官は、事件後、「トランプが帰属できる国はないだろう」、つまりアメリカ人をやめなさい、とまで言っています。

 深刻なのは、「トランプのアメリカ」を見ていた他の国々が「自分ファーストでいいんだな」と思い始めて、中国もトルコもアラブ諸国も自分勝手なことをやり始めてしまったこと。パンドラの箱を開けてしまったわけです。

 バイデンはオーソドックスな政治家ですから、米国の政治・外交をこれまでの路線に戻そうとするでしょう。ただ、そのためのパワーは相当必要です。トランプのすごみというのは、場外乱闘もありだし、ゴングが鳴る前にいきなり殴りかかることもあるということです。それは中国も怖いし、外交的には睨みが効くんですよ。バイデンにそれはありません。

 ただバイデンは、トランプが一方的に課した中国への制裁関税を、無条件には元に戻さないと言っています。つまり、トランプが中国に対して場外乱闘でやったことを、中国の問題行動を変えるために利用しようとしている。そこはしたたかで老練だし、場外乱闘をしない分、安心な面もあります。

新潮社 波
2021年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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