バイデンで尖閣は守れるのか? 渡部恒雄と藤井彰夫が語る

対談・鼎談

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2021年以後の世界秩序

『2021年以後の世界秩序』

著者
渡部 恒雄 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784106108884
発売日
2020/12/17
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

バイデンで尖閣は守れるか?

[文] 新潮社


渡部恒雄さんと藤井彰夫さん 

「米中協調の時代」は終わった

藤井 この本の中で、これは渡部さんの命名だと思いますが、米国の対中政策について、「協調的関与パラダイム」から「対抗的関与パラダイム」へ、という言葉があります。この前、ポンペオ国務長官が1972年のニクソン訪中以来の中国への関与政策は失敗だったと言ったのですが、渡部さんの見立ては、まだ関与政策は続いているけれども協調的であったものが対抗的に変わった、ということなのでしょうか?

渡部 そうです。しかも、変わったのは政策ではなくパラダイム(枠組み)なんです。今後も米国の対中政策は、政権によって厳しくなったり、ソフトになったりするでしょう。ただし大きな枠組みとして、協調的なエンゲージメント(関与)のパラダイムの時代は終わったということです。協調的関与政策が想定していたのは、中国が経済成長を続ければ、豊かになることで民主化が進み、自らを豊かにした国際ルールを守る側に立つだろうという楽観でした。今、アメリカ人は、共和党も民主党も、それが幻想であることを理解したということです。

藤井 それをみんな「エンゲージメント・ポリシーの終焉」と思っているんだけど、渡部さんは対抗的ではあってもエンゲージメントであり、完全な冷戦ではない、と言っているわけですね。

渡部 そうですね。なぜかというと、協調的ではなくなっても、その政策はコンテインメント(封じ込め)ではないからです。デカップリング(孤立化、切り離し)とも言っているけど、これも部分的です。この言葉を使うときも、私はあえて選択的デカップリングと言っています。全面的デカップリングはコンテインメントですが、それは現実的には無理です。となると、やはり今後の政策もエンゲージメントの延長となる。ただ今までの協調的な前提とは異なり、中国への楽観は消え去り、中国経済を米国と切り離しても孤立させることができないから、あるいは米中間の不慮の武力衝突を防ぐため、といった理由での関与となります。また中国が軍事的に優位となるような技術や製品の流入は、選択的デカップリングで厳しく制限するという対抗的な手段を多用することになるでしょう。

藤井 バイデン政権に話を戻すと、そのエンゲージメントの部分で、まずは中国を引き込んで地球温暖化対策をやりたい。中国と協調することはやりたいけど、ただやはり人権の問題は出てきますよね。香港とか台湾とか。中国も貿易は譲歩できるが人権はなかなか難しいかもしれません。

渡部 対立が激化して手詰まりになった際に、緊張緩和のための対話のテーマとして地球温暖化を使おうという思惑が、米中のどちらにもあると思います。米中対立が激化するレッドラインは、かつての天安門事件のように多くの生命が奪われるような事態でしょうか。本書でもアジアで3つの人道危機(ロヒンギャ、香港、ウイグル)が進行することをテーマの一つにしましたが、中国からすれば嫌でしょうね。ロヒンギャみたいに大量の人は死んでないぞって反論されるでしょう(笑)。でもなぜ重要視しているのかというと、ロヒンギャは国連などの外からの介入や監視の目が届くけど、中国国内や香港には介入できないし、今後どうなるかがわからないからです。

センカク・パラドックス

渡部 本書の中で取り上げた「センカク・パラドックス」というのは、尖閣諸島のように、一般のアメリカ人にはそれほど重要だと思えない問題でも、中国やロシアとの全面戦争を覚悟しなくてはならない判断を迫られてしまうような状況を指します。アメリカ人にとっては小さい問題のようでも、それを全部中国に取られていくと、最終的にはアメリカ自身の安全にとっても深刻なことになるのですが、アメリカ人が名前も聞いたことがない無人島を守るために戦争のリスクを冒すことは、選挙で選ばれる指導者にはハードルが高い。ロシアのクリミア併合がそうでした。クリミアが属するウクライナはNATOに加盟する同盟国ではなかったこともあり、ロシアはアメリカの隙をつき、巧妙かつ一方的に自国の領土を拡張した。日本はアメリカの同盟国でウクライナとは違いますが、中国の南シナ海での行動を考えれば油断はできない。ところで、同盟関係というのはそれだけ重いのですが、トランプはあまりそういうことは考えていない。日本は同盟国だから、というのではなくて、シンゾー(安倍前首相)がいい奴だから、くらいの感じで付き合ってきたと思います。

 ところがバイデンは違う。菅義偉首相との最初の電話会談で尖閣が日米安保の対象だという話をしたのは意図的なものだと思います。今のアメリカは、トランプが国防長官を解任して代行を充てるなど、普通以上に政権移行期における力の空白が生まれている。このような中で、中国に対してアメリカの意図を読み誤らせないという深慮があったと思います。次期大統領が明確に同盟関係にコミットすることを見せれば、日本だけでなく、台湾や他の地域についてもけん制効果がある。そういう意味でトランプよりも安心できる指導者だと思います。

外交のツボ

――世界の動きに対して、日本はどう対処すればいいのでしょうか。

渡部 安倍政権はなぜ外交的に成功したのか。長期政権だったからです。安倍政権も政権当初、靖国神社に参拝してアメリカのリベラル派から不興も買ったけど、時間が経つうちに、「自由で開かれたインド太平洋」などの長期戦略が理解され、また政策もバランスがとれていった。特にトランプ政権が保護主義姿勢を強める中で、トランプ氏との関係は良好に維持する一方で、アメリカ抜きのTPPや日EU経済連携協定などで自由貿易体制を守ってきた安倍首相を、欧州やアメリカのリベラル派が評価した。トランプの北朝鮮への不必要な譲歩を止めたことで、保守派のボルトン氏も、安倍前首相をべた褒めしています。菅首相もポイントは長期政権にできるかどうかでしょう。

藤井 まず内政を安定させること。中曽根さんにしろ、小泉さん、安倍さんにしろ、長期政権の時は日米関係はうまくいっています。

渡部 ただ日本の場合は、長期政権の次は短命政権となることが多いので、大きなチャレンジです。菅首相にとっての救いは、野党と党内の対抗勢力が弱いこと。ただし、それ故に緊張感がないことが懸念されます。その意味でも、経済とコロナという難しい政策課題を乗り切らないと、いけないでしょう。

 菅首相の外交政策は未知数だという声もありますが、官房長官として安倍外交を下支えした経験は大きい。菅首相の就任後初の外遊先が、中国の拡張姿勢に不満を持つベトナムとインドネシアだったことや、中国の王毅外相の来日の前に日本でクアッド(日米豪印)外相会議を行い、ポンペオ国務長官らを招待したことで、「自由で開かれたインド太平洋」の戦略性や外交のツボをわかっていると思われます。

藤井 バイデンも下から事務的に積み上げていくタイプなので、スタイルとしては似ている。ケミストリーは合うような気がします。でもGゼロの世界の中で、アメリカが少し国際協調から引いている中で、日本がそれを埋める役割ができるかどうか。TPPなんかではある程度やりましたが、ドイツのメルケル首相もいなくなる中で、リアクティブではなく、もう少しアクティブにやれるかどうかが問われます。

渡部 まさにそこがポイントです。安倍前首相が日本の存在感を高めたことで、他国からそれなりに評価されて期待もある。日本が重要なことをできるポジションにあるのにやらないと、自分が損をすることになります。

新潮社 波
2021年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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