直木賞・本屋大賞ノミネートで注目 作家・伊与原新が語る研究者から小説家へ転身した理由

インタビュー

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八月の銀の雪

『八月の銀の雪』

著者
伊与原, 新
出版社
新潮社
ISBN
9784103362135
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

「座・対談@オンライン」科学との幸せな出会いを

[文] 読書のいずみ

2.小説家への転身

永井 伊与原さんは富山大で助教を務めながら、その間に小説を書き始めたとか。

伊与原 富山大にいた時、今言った通りあまり良い結果が出ないことが続いていたんです。なおかつ、東大にいる時はそうやって世界中のいろんな場所へサンプリングに行けたんですけど、富山ではそういう機会もお金もなくて……。自分のやりたいことはできないし、やったらやったであまりうまくいかないし、ということでずっとモチベーションが下がっていたんですね。で、実験の合間にミステリーばかり読んでいる時期があって、その時にふとトリックを思いついて。これぐらいのものなら自分に書けるんじゃないかって、家に帰って少しずつ小説を書いてみたんですよね。それを新人賞、このときは江戸川乱歩賞に応募したのですが、最終候補に残ったと連絡が来たんです。結果は落選でしたが、原稿を読んだ出版社の人が「もうちょっと書き続けてみませんか」と言ってくださって、だったらもうちょっとやろうかなと思って、それでデビューしたという経緯です。

永井 初めて書いた小説が最終候補に残るなんて凄いですね。もともと文章を書くのが好きだったのですか。

伊与原 文章を書くのは別に苦じゃないんですけど、まとまったものは書いたことがありませんでした。日記みたいなのを書いていたとか、何かをネットで発表していたとか、そんなことも全くないですね。

永井 では、雑誌に小説を投稿したのもそれが初めてだったんですね。

伊与原 そうですね。せっかく最後まで書けたものなのでどこかに応募したいと思って。小説の書き方なんて分からない中で書いたものですから、結果に一番驚いたのは僕です。

永井 凄いですね。そのあと、研究者を辞めて小説家になられましたが、小説家を選ぶことに迷いはなかったのですか。

伊与原 迷いはありましたよ。なんて言うんでしょうね、やはり未練はありました、研究に。「研究と小説と両方やったらいいんじゃない?」ってまわりの先生たちに留められたんですけど、出版社からオファーをもらって締め切りがある媒体の仕事をやらなきゃならなくなったときに、アマチュアの時と違って責任もあるし、やっぱり両方やるとなるとキャパオーバーになる、それは無理だなと思って。で、当時は小説のほうが面白いと思っていたので小説を選びました。

永井 その選択はよかったですか。

伊与原 小説を選んだことに悔いはないんですけど、昔の友達がまだ研究を頑張っているのを見たりフィールドに行ったという話を聞いたりしていると、もう自分には絶対その生活が戻ってこないんだなって。大学って独特の雰囲気があるじゃないですか。そこの世界から自分が離れてしまったんだなと思うと少し寂しい気持ちになることは今もありますね。

永井 私も研究をやめて就職をしたら、研究を続けている友達を羨ましいと感じるんでしょうか。ちなみに、伊与原さんが思う大学の独特の雰囲気ってどんな感じですか。

伊与原 なんて言うのかな、好きな事を言っていい場所(笑)。今はそうでもないのかもしれないけど、時間という概念があまりなかったり、夜中にしか来ない人や普通に大学で寝ている人がいたり、いつもコーヒーを淹れる香りがずっとしてるような感じとか。あと変なことを言う先生がいっぱいウロウロしてる感じとか、そういうイメージですかね、僕は。

永井 それは凄くよくわかります(笑)。

インタビュアー:永井はるか(東京大学大学院 理学系研究科地球惑星科学専攻M1)

読書のいずみ
165号冬号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

全国大学生活協同組合連合会

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