自決前に書き上げた三島由紀夫、最後の長編小説『豊饒の海』 他の長編に比べて圧倒的に面白い理由とは?〈新潮文庫の「三島由紀夫」を34冊 全部読んでみた結果【後編】〉

レビュー

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豊饒の海 1 春の雪

『豊饒の海 1 春の雪』

著者
三島 由紀夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101050492
発売日
2020/10/28
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

34冊! 新潮文庫の三島由紀夫を全部読む[後編]

[レビュアー] 南陀楼綾繁(ライター/編集者)

南陀楼綾繁・評「34冊! 新潮文庫の三島由紀夫を全部読む[後編]」


三島由紀夫

三島は苦手のライター・南陀楼綾繫さんが、ついに「三島由紀夫山脈」の背骨をなす代表作の数々に挑戦! 大岩壁や最高峰に苦闘しつつ、分かったことは……三島は最後の長編から読むべし!

 ***

『豊饒の海』は最初に読もう

 昨年九月に渋谷の映画館で、ドキュメンタリー映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(豊島圭介監督)を観た。公開と新型コロナウイルスの拡大が重なったため、全国の映画館はしばらく休館していた。そのため、公開から半年経ったこの時期でも、客席はかなり埋まっていた。客層が六十代以上の男性と二十~三十代の女性に分かれていたのが興味深かった。

 一九六九年五月十三日、東京大学駒場キャンパスの九〇〇番教室で東大全共闘と三島由紀夫の討論会が二時間半にわたって行われた。この映画はTBSの倉庫で発見されたそのときの映像を編集し、その場に立ち会った元全共闘や三島が結成した学生団体「楯の会」会員、マスコミの証言や作家、知識人の評価を加えたものだ。

 三島由紀夫は思想も世代も異なる千人もの東大生を前に誠実に相手の話を聞き、判りやすい言葉で自分の考えを述べた。ときおり、相手に挑発されたり話をそらされたときも、怒りの表情を浮かべてはいなかった。この年に刊行された『討論 三島由紀夫vs.東大全共闘 美と共同体と東大闘争』(新潮社)で、三島は「概して私の全共闘訪問は愉快な経験であった」と記した。

 一方、全共闘の論客の三島に対する態度は挑発的で、わざと同じ土俵に立たないずるさがあった。最も長く議論を交わした芥正彦をはじめ、学生たちの喋りのスピードのなんと早いことか。頭の回転は速いが、本当に自分の言葉で話しているのだろうかと感じた。

 討論の場には、TBSのテレビカメラが入っていたほか、壇上で新潮社の清水寛が写真を撮っていた。三島はカメラの存在を意識し、ときおりポーズをとっていた。そんな姿が、映画館の女性客の好意的な笑いを誘っていた。

 討論を終え、外に出た三島のそばには楯の会の会員が寄り添っていた。その中の一人が森田必勝だった。

 一年半後の十一月二十五日、三島は森田ら四人とともに、自衛隊市ヶ谷駐屯地へと向かった。車の中で、三島は東映の仁侠映画『昭和残侠伝』の主題歌「唐獅子牡丹」を歌いはじめ、四人も一緒に歌ったという。そして、総監室に入った彼らは益田兼利・東部方面総監を人質に取り、自衛隊の決起を呼び掛けたのち、割腹自殺した。森田もそのあとに続いた。

 その日の朝、新潮社の小島喜久江は『豊饒の海』の第四部『天人五衰』の原稿を受け取るために、三島邸を訪れた。十分ほど遅れて到着すると、三島はすでに出かけた後だった。出社してお手伝いさんから渡された原稿を開くと、そこには「最終回」とあった。今回で終了するという予告が事前になかったため、小島は間違いではないかと思ったという(小島千加子『三島由紀夫と檀一雄』ちくま文庫。小島千加子は小島喜久江の筆名)。

新潮社 波
2021年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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