『スマホ脳』
- 著者
- アンデシュ・ハンセン [著]/久山 葉子 [訳]
- 出版社
- 新潮社
- ジャンル
- 自然科学/医学・歯学・薬学
- ISBN
- 9784106108822
- 発売日
- 2020/11/18
- 価格
- 1,078円(税込)
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ジョブズでさえ懸念した強い依存性 問われる“スマホは現代の阿片か”
[レビュアー] 新井紀子(数学者)
2017年9月、私はスウェーデンの労働市場大臣らとAIについての意見交換をしていた。スウェーデンの若者の間では、互いの位置情報を通知し合うアプリが大流行し、ひっきりなしにチェックしているという。「プライバシーはどうなるんですか?」と聞くと、「そんなものはお構いなし。私には理解できないけれど、彼らはそれなしに暮らせないのだからしょうがないわ」と大臣。「スマホには依存性がある。ユーザが依存するように設計されている。特に若年層への影響は大きい。iPadを作ったスティーブ・ジョブズでさえ、我が子にIT端末を持たせることに慎重ですよ」と私は警告した。だが、「スウェーデンは他国に先駆け、学校で一人一台パソコンを配布した。ゲームアプリの開発など新しい産業が生まれ、雇用を生み出した。新しい時代に対してポジティブであることも大切」といなされた。
あれから3年。私がスマホやタブレットに対して抱いていた危機感を共有する本書『スマホ脳』が当地でベストセラーになっているとは感慨深い。何か取り返しがつかないことが起こっている――楽観的なスウェーデン人ですら、そう感じ始めたのだ。
新しいテクノロジーが出現すれば、人間は能力を拡張する代償として不要になった能力を失う。「文字」は人類が生んだ最大のテクノロジーかもしれないが、プラトンが思想を文字で残そうとした一方で、ソクラテスが(そうすれば)人間は記憶能力を失うだろう、と指摘したことは有名だ。それでも文字は普及した。
テクノロジーの普及を止めることはできない。それを前提に新しい時代をポジティブにとらえるべきだと主張する人は多い。
ただ、スマホには従来のメディアとは異なる負の側面がある。それが本書が繰り返し指摘する依存性であり、健康への影響だ。
18世紀、清との貿易赤字に苦しんでいたイギリスは、インドで生産した阿片を清に輸出するという奇策を編み出した。対中貿易赤字は一気に黒字に転じ、一方の清は滅亡への道を突き進んだ。ひとたび依存に陥れば、貧困の中でも人々はその魔手から逃れられない。もしスマホが現代の阿片だったら? それでも私たちはこのテクノロジーを無批判に受け入れるべきだろうか。
ところで、日本は北欧に刺激されて、この春、公立小中学校に一人一台パソコン(タブレット)を導入する。何事においても周回遅れのこの国が、スウェーデンと同じ危機意識にたどり着くのはいつのことだろう。