ときは室町時代 人々の哀しみや歓びを描く六篇

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浄土双六

『浄土双六』

著者
奥山, 景布子
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163912974
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

ときは室町時代 人々の哀しみや歓びを描く六篇

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 このところめきめきと腕を上げている奥山景布子の最新傑作である。

 ときは室町。作中の「片付けられぬまま、何体もの死屍が捨て置かれるうち、次第次第に『慣れて』しまう」という毎日は、いかにもコロナ禍の令和の時代めく。

 籤引(くじび)きで将軍に選ばれた男、足利義教が、しばしば心中で密かな籤を作っては人の宿命(さだめ)を気まぐれに決めるうち、最後に自分の引く籤を間違えてしまう「籤を引く男」。足利義政の乳母(めのと)、亥万(いま)=今参局(いままいりのつぼね)が、日野富子との争いに敗れてゆくさまを、かつて永井路子が『炎環』等で示した乳母制度の問題と物語とを絡め渾然一体に描いていく「乳を裂く女」。銭で銭を殖やす術が日野富子を支え、それがやがては幕府や朝廷をも支えることになりつつも、応仁、文明の乱の元凶とも見なされた日野富子の「――娘を、手駒にしたくない」という思いが切実に伝わってくる「銭を遣う女」。良い景色、すなわち、目に見えているものばかりでなく、土地の来し方や、目を遣った遥か先に何があるか、様々なものと己との関係を考慮しながら造るべき庭等々を切望、この世に浄土を見出そうとした足利義政を描く「景を造る男」。

 雑誌発表されたこの四篇を書き下し短篇二作、疫病の惨禍の中、死んでいった者たちの屍骸を人柱として京に橋を架ける僧、願阿弥を描く「橋を架ける男」と、仇と狙った日野富子に逆に才を見出され、花売りから女郎屋の主となった雛女(ひなじょ)の老いと時代の終焉を描く「春を売る女」がはさみ、以上六篇。人物と挿話が様々にリンクして、生き生きと脈動しはじめる。

 題名の“浄土双六”とは、地獄や極楽を表わした仏教の絵双六だが、全篇を通し、命ある限り、賽を振り続けた人々の哀しみや歓びが読み手に伝わってくる。名手でなければ書き得ぬ充実の一巻であり、作者の今後を占う意味でも、重要な作品となるに違いない。

新潮社 週刊新潮
2021年2月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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