• 天上天下赤江瀑アラベスク 1
  • 夜叉ケ池・天守物語
  • 歪んだ名画 : 美術ミステリーアンソロジー

書籍情報:openBD

正体不明だがなんとも蠱惑的唯一無二の“赤江文学”

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 赤江瀑は剣呑で絢爛な幻想小説を書いた人である。二〇一二年に逝去し、著作が手に入りづらくなっても、その唯一無二の世界は人々の記憶から消えなかった。近年は代表作の『オイディプスの刃』が復刊されるなど、再評価の機運が高まっている。読むなら今だろう。東雅夫『天上天下 赤江瀑アラベスク1』は、赤江文学の名作を精選したアンソロジーだ。三つの長編とエッセイ、インタビューを収めている。

 まず泉鏡花文学賞受賞作の「海峽―この水の無明の眞秀(まほ)ろば」。かつて俳優として活躍していたが、精神に変調をきたし、山奥の病院に入ったAのことを友人らしき語り手〈わたし〉が回想する。Aは山中で盆地を見下ろしながら〈海峡を渡らなきゃァな〉と言った日を境に、こちらの言葉が通じなくなってしまった。自分とAを隔てる〈海峡〉とは何なのか。〈わたし〉は水や海にまつわる話を語る。謡曲「檜垣」に出てくる水、海峡の町の地下広場で腐乱した魚と格闘する黒装束の男たち、ジャン・コクトオ『阿片』の肉体の内に咲く水中花……。さまざまな海峡のイメージを逍遥することによって、〈わたし〉は決して会えない遠い場所へ行ったAを追いかけているかのようだ。〈正体不明、臆測不可能、推し量る手にもあまり、想いにあまる厖大さが、無法で、無頼で、暗黒で、なんとも蠱惑的〉な〈怪物〉という作中の歌舞伎評は、そのまま赤江文学にも当てはまる。

 他に収録されているのは女形役者の妖が棲む異界を描いた「星踊る綺羅の鳴く川」、あるはずのない城を探し求める恋人たちの悲劇「上空の城」。編者解説までたどり着き、この三作を一冊にした理由がわかると、泉鏡花の戯曲『夜叉ケ池・天守物語』(岩波文庫)が読みたくなるはず。

 千街晶之『歪んだ名画』(朝日文庫)は、美術ミステリーのアンソロジー。夫のために刺青を入れる女と淫靡な方法で自らの作品を仕上げる彫師、そして彫師の弟子との奇妙な関係を描いた赤江瀑の「雪華葬刺し」が、名だたる作家の傑作群の筆頭を飾っている。

新潮社 週刊新潮
2021年2月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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