衝撃的な“少女愛”を凌駕する“報われぬ愛”と“詩的な文章”

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ロリータ

『ロリータ』

著者
Nabokov, Vladimir Vladimirovich, 1899-1977若島, 正, 1952-
出版社
新潮社
ISBN
9784102105023
価格
942円(税込)

書籍情報:openBD

衝撃的な“少女愛”を凌駕する“報われぬ愛”と“詩的な文章”

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 クイズです。「我が腰の炎」とは何のこと?(1)ポケットのライター(2)リオのカーニバル優勝チームの愛称(3)ハンバート氏が愛する少女。ハイ、正解は(3)です!

 20世紀を代表する傑作とも最大の問題作とも言われるナボコフの『ロリータ』。

 主人公ハンバートは、9歳から14歳の小悪魔的本性を秘めた少女にしか欲情しない。彼の手記という形の小説は、55年にパリで発表されてから現在に至るまで、言葉や構成の解釈をめぐり、世界中のファンや研究者たちの間で論争が続いていることでも有名だ。何しろ新訳版には563個もの「注釈」が付くくらいですから。

 手記はこう始まる。『ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂』。

「腰の炎」って凄い表現!でもロリータとの性愛は「愛の行為」とか「愛撫」としか書いていない。そっち方面の期待はしないように。30代後半のハンバートは12歳のロリータに心奪われ、愛人にしてしまう。だが、14歳になった彼女は突如姿を消す。3年後に再会するが、彼女は貧しい機械工と結婚し、やつれた妊婦となっていた。ハンバートは、今でも彼女を愛していることを自覚するが、ロリータにとっては少女時代を奪った男でしかなかった。傷心の彼は、3年前に彼女を誘惑して連れ出した劇作家を探し出して撃ち殺す。そして、裁判直前に急死してしまう。こう書くと身も蓋もないが、ナボコフの技巧的で華麗な文体によって、読むたびに万華鏡のように新たな魅力が現れる傑作となった。初めて読んだ時は言葉の洪水と少女愛にドン引き、再読では男の報われなかった愛が切なく哀れで涙、再再読では全米各地の風景を独特の感性で描いた美しく詩的な文章に感動。

 62年にスタンリー・キューブリック監督、97年にエイドリアン・ライン監督が映画化。ロリータ役は10代半ばのスー・リオンとドミニク・スウェインが演じた。小悪魔的魅力はあるが、さすがに12歳にはみえない。キューブリック作品は時代的な制約のためか凡作。後者はほぼ原作通りの流れで、ハンバート役のジェレミー・アイアンズが好演。原作と比べるか、映画を見比べるか。さあ、どうします?

新潮社 週刊新潮
2021年2月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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