スウェーデン行政法を日本で学ぶということ

レビュー

6
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スウェーデン行政法の研究

『スウェーデン行政法の研究』

著者
交告 尚史 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641227903
発売日
2020/10/21
価格
6,820円(税込)

書籍情報:openBD

スウェーデン行政法を日本で学ぶということ

[レビュアー] 交告尚史(法政大学大学院法務研究科教授)

1 はじめに

 本書は、スウェーデン行政法関係の既発表論文をまとめた小品である。元論文を適宜加工し、繋ぎの文章を入れて、一体性が出るように努力した。序、総論、各論、補論および結の5部構成であるが、本稿では総論と各論の要点を紹介する。

 スウェーデン行政法の研究と銘打ちながら、本書にはオンブズマンや情報公開についての記述がほとんどない。筆者の場合、スウェーデン行政法に魅せられてスウェーデン語を学び始めたのではなく、たまたまスウェーデン語を学んだので、それを行政法研究に活用しようと思い立ったのである。1980年代の後半、行政法研究の面では、国の通達による地域裁量の吸い上げという現象を批判的に眺めていた。たとえば、森林法10条の2の林地開発許可の事務を、いかに機関委任事務(当時)であるとはいえ、残置森林率のような全国統一の基準に基づいて実施するのは不合理ではないか。そのようなことを考えながらスウェーデン行政法の標準的な教科書を繰っていたところ、ふと視線を落とした先にこんな文章が待ち受けていた。「執行機関は、個別案件の処理に当たっては、政府および他の執行機関の指揮を受けてはならない」。

 それから10年経ち、当時勤務していた神奈川大学から在外研究の機会を与えられたので、スウェーデンのウプサラ大学で学ぶことにした。滞在期間は1997年9月から1年である。

2 執行機関の独立性の原則――総論

(1)政策と執行の分離と執行機関の独立性

 彼の地で文献を漁るうちに、前記の一文はまさにスウェーデン行政法の根幹をなす憲法上の大原則を意味することが判ってきた。本格的に研究するのなら、少なくとも1600年代にまで遡って歴史的に研究する必要があるように思われた。しかし、今もって歴史研究に本腰を入れる余裕はない。知人に問われれば、この国では国王が地方貴族を全面的に支配することが難しかったので、自らは中央で政策を担い、代償として法律の執行を地方貴族に委ねるというような統治の形が生まれたのだと答えることにしている。

*本稿の原稿を提出した後に、神戸時代のスウェーデン語仲間である根本聡君(旭川工業高等専門学校准教授)から葉書を貰った。根本君は中近世スウェーデン史を専攻しており、「近世スウェーデンの都市計画と商業政策――グスタフ・アドルフとストックホルムの首都化構想」(斯波照雄・玉木俊明編『北海・バルト海の商業世界』〔悠書館、2015年〕285―325頁)という作品がある。同君によると、拙著の序に記された統治憲章論は、グスタフ2世アドルフが1611年の登極に際して特権貴族層即ち王国参議(rikssrad)に譲歩してなした「王の誓約(Konungansforsakran)」に由来する。さらにその淵源を辿れば、ランズラーグ(landslag)、すなわち「(中世の)一般地方法」(萩原金美編著『スウェーデン法律用語辞典』〔中央大学出版部、2007年〕の訳語)に行き着く。

 政策と執行の分離の体制を現在の組織図で説明しよう。たとえば環境行政に関して環境省が存在し、その長は環境大臣である。環境大臣は政府の一員であり、環境省は環境大臣を補助する政府の事務部門である。他方、環境保護関係の諸法律を執行するのは、中央では自然保全庁(実質は環境保護庁)、地方では主として県域執行機関(県域で執行活動を担う国の機関)である。これらの執行機関も政府に服することは服するのであるが、前述のように、個別案件の処理に関しては政府からも他の執行機関からも独立して決定しなければならない。たとえば、自然保護地域(3の(1)を参照)内での開発行為の許否を県域執行機関が判断する局面を想定すると、その県域執行機関は政府からも自然保全庁からも指揮を受けてはならないのである。

 このような体制の下では、執行機関には、自分たちこそが法律の執行に必要な専門知の持ち主だという自負が生まれ、それが執行機関の独立性を支える。その点では、業務区域が県域に限られる県域執行機関とて軽視することはできないのであるが、ここでは中央の執行機関である自然保全庁を念頭に置く。自然保全庁は、専門知の集合体としての優位性を維持するために、専門性の高い人材を確保しようと努力するが、それには限界があるので、外部(大学や研究所など)との連携を図ることになる。

 とはいえ、政策部門と執行機関は完全に遮断されているわけではなく、個別案件の処理を離れた局面では両者に「非公式接触」の機会があり、また政策部門は執行機関に向けて「一般的助言」を発することができる。しかし、その際に個別案件の処理が絡んでくることがないとも言えないので、執行機関はやはり政策部門の関与を嫌うのではないかと推測される。この点は行政学的見地からの研究に馴染むところで、実際筆者も行政学者の研究に多くを負っている。

(2)行政裁判と執行機関の裁量

 スウェーデンでは、伝統的に行政と裁判を同質的なものと捉えてきた。国制の基礎が定まる1600年代に遡って見ると、むしろ行政の中核となる中央の機関が裁判所の仕組みに倣って構想された面がある。合議制の採用はその顕著な顕れであり、今日でもスウェーデン行政の特色の一つである。

 では執行活動と行政裁判の関係はどうなっているのかと問われると、これに答えるのはたいへん難しい。たとえば、ある県域執行機関の決定に対する不服を政府に申し立てることになっている場合、スウェーデンではこれを抗告(besvar)という概念で捉えてきた。政府は行政部門の内に位置し、裁判所ではないのであるから、日本の感覚では抗告は不服申立てである。しかし、スウェーデン人は、抗告を語る際に、不服申立てと訴訟との区別を観念しない。今日では地方行政裁判所、高等行政裁判所、最高行政裁判所という一般行政裁判所の系列が完成されているけれども、前記のような政府に不服を申し立てる仕組みが個別法の中に遺っていることがある。その際の政府の審査は、彼らの眼にはおそらく裁判行為と映ることであろう。

 この同質性の観念を背景にしていると思われるが、スウェーデンの行政裁判では、行政決定の適法性のみならず適切性も審査される。そして、その際、審査を行う裁判所は行政決定を「引き継ぐ」と説明されている。裁判所が行政決定の適切性までをも審査してしまうので、裁判所による審査のあり方という観点からの裁量論は発展の素地を欠く。

(3)行政手続の特色と行政手続法

 スウェーデンでは1971年に行政手続法が制定され、1986年の改正法が長く適用されてきたが、2017年に新たな行政手続法が制定された。その際に比例原則の規定(5条3項)が置かれたと聞いて興味を覚え、全体を一通り訳してみたところ、スウェーデン行政法の特色が色濃く顕れていることを確認できた。とくに、40条以降に並んでいる「訴え」(overklagande)に関する規定をどう解するかが難題である。行政手続法とは別に行政訴訟法も存在するのであるから、訴訟関係の規定はそちらに振り分ければよさそうなものであるが、現実にはそうはなっていない。そもそも筆者はここで「行政手続法」と訳しているが、原語はforvaltningslagであり、直訳すれば「行政法」である。その「行政」には行政と行政裁判の同質性の観念が根雪のごとく残っているように見える。

 執行機関の手続として特色あるものを挙げるとすれば、やはり対論手続とレミスであろう。対論手続とは、執行機関が、案件の決定を行う前に、決定にとって意味のあるすべての資料を当事者に通知し、決められた期間内に意見を述べる機会を与える手続である。他方、レミスは、執行機関の外部に存する専門知を書面で取り込む手続である。そのほか、調査責任の規定、複数の者が合同して決定を行う場合の手続の定めなども注目される。

3 自然保護分野における法執行の実際――各論

(1)もう一つのテーマ

 先述のように、筆者の在外研究は1997年の9月からである。前期は講義をもち、環境法を担当した。そちらの方の関心は、様々な自然保護区(区域を指定して自然を保護する制度の総称)の法的仕組みと運用上の問題点を探ることにあったから、その方面でスウェーデンはどのような状況にあるのか調べてみることにした。

 彼の地に入って驚いたのは、身近で自然保護地域(naturreservat)が頻繁に指定されることである。指定の目的は様々であり、市民の自然との触れ合いが強調されることもあれば、貴重な動植物種の保護が前面に出ることもある。

(2)総合的な立法の可能性

 自然保護地域の設定の根拠法は自然保全法である。この法律について学ぶうちに、自然資源管理法という法律があることに気づいた。この法律は、自然保全法をも含む14本の法律を束ねていることから、「傘法」と称される。自然資源管理法の方に「この法律は以下の14本の法律で実施する」という規定があり、そこに列挙された個別法の方にも自然資源管理法を受ける規定があって、両者相まって自然資源管理法の理念が実現されるように構想されている。この法律が後の環境法典(1999年1月1日施行)につながる。自然資源管理法のような総合的な法律が制定される過程をぜひとも知りたいと思ったのであるが、通り一遍のことしか調べられなかったのは残念である。

(3)専門知の結合

 筆者が在住したウプサラ市は、周辺の自治体とともに資金を出し合って、ウップランド財団という自然保護のための団体を設けている。ウプサラ市が自然保護地域の指定を企画したとすると、まず予定地の自然的価値が徹底的に調査されるが、ウップランド財団に相当の知見が集積されており、それが基礎資料となる。国の自然保全庁等との連携も予想される。なお知見が足りない場合には、外部の知見が取り込まれることもあろう。そのようにして専門知が結集される有様を実見できたのは貴重な体験であった。

4 おわりに――EUとスウェーデン

 政策部門と執行機関の分離はしばしばスウェーデンモデルとして紹介されるが、スウェーデンもEUの一員となった現在では、このモデルにそれ以前とは違った不都合が生じている。それというのも、EUの会議に備えて国としての立場を決めなければならないからである。EUの会議には政策部門の代表者と執行機関の代表者がともに参加するので、あらかじめ意見の摺り合わせをしなければならない。両者の接触がどのような形で図られるかが大きな関心事となる。

 また、裁判所が行政決定の適切性をも審査するという方式もスウェーデン独特のものであり、ヨーロッパ各国の研究者から驚きの眼で見られている。スウェーデン人もそのことに気づいており、ヨーロッパ標準に修正すべきだという意見が出てきている。しかし、スウェーデンの伝統を擁護する見解もなお有力である。

 筆者としては、多様性重視の立場から、スウェーデンの伝統が変容を受けつつも維持されていくことを願う。根雪を溶かすほどの変動は危険であろう。

有斐閣 書斎の窓
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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