あなたも始めたくなる! クリエイティブな地域福祉への第一歩――社会福祉士国家試験に対応した地域福祉のテキスト

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ストーリーで学ぶ地域福祉

『ストーリーで学ぶ地域福祉』

著者
加山 弾 [著]/熊田 博喜 [著]/中島 修 [著]/山本 美香 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784641150751
発売日
2020/07/30
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

あなたも始めたくなる! クリエイティブな地域福祉への第一歩――社会福祉士国家試験に対応した地域福祉のテキスト

[レビュアー] 永田祐(同志社大学社会学部教授)

はじめに

 本書は社会福祉士国家試験にも対応したこれから地域福祉を学ぶ人向けの「地域福祉を身近に感じながら楽しんで学ぶ」ことを意図して編集されたテキスト(教科書)である。書評を依頼されたとき、はじめ「テキストの書評?」と少し戸惑った。しかしわざわざ『書斎の窓』で紹介したいくらいだから、きっと執筆者も編集者もこのテキストにはひと味違った工夫を凝らしていると自負しているはずだ。また、私も比較的最近、本書と同じく4人で地域福祉のテキストを編集していたから、もしかしたら執筆者の皆さんからの挑戦状(?)が届いたのかもしれないと考え、「金太郎飴」になりがちな社会福祉士養成のテキストにどんな工夫が凝らされているのかじっくり吟味してみようという気持ちでお引き受けした。以下では、まず、本書の構成を簡単に紹介し、次に、筆者らが「地域福祉を身近に感じながら楽しんで学ぶ」ために、これまでのテキストとは違うどのような工夫を凝らしているのかに注目して本書の魅力を紹介する。最後に、最近のカリキュラム改正で地域福祉が直面している問題を引き合いに、筆者らが本書にこめたメッセージを読み解いてみたい。

本書の構成

 本書は、地域福祉を大きく4つの側面(「主体」「問題・ニーズ」「政策・制度」「実践・援助方法」)に分け、それらが展開される空間である地域社会やより広い社会システムとの関係の中に位置づけ、地域福祉全体の見取り図を示す(22頁)。つまり、地域社会という空間の中で、どのようなルールに基づいて(「制度・政策」)、何を(「問題・ニーズ」)、誰が(「主体」)、どのように(「実践・援助方法」)解決していくのかいう視点を基本に構成されている。「制度・政策」は第6章、「問題・ニーズ」は第7章、「主体」は第8章から10章、そして「実践・援助」は第11章から14章にあたる。こうした基本的な地域福祉推進の枠組みに加えて、前提となる地域福祉の概念や理念(第1章、第2章)、歴史(第4章、5章)や地域福祉が展開される地域社会そのもののあり方(第2章)の解説によって本書は構成されている。

 このような構成をみると、本書が「誰が」に当たる地域福祉の「主体」と、「どのように」に当たる地域福祉の「実践・援助」に重きを置いていることがわかる。一般的に地域福祉は「誰が」と「どのように」にこだわるが、本書は特にこの部分が手厚く構成されているのが特徴である。また、全体の見取り図をはじめに配置することで、初学者は地域福祉というとらえどころのない大きな森に、地図をもって歩みを始めることができるように工夫されている。

本書の魅力

 次に、本書の魅力について紹介したい。類書と比較した本書の大きな特徴は、その網羅性とわかりやすさのための工夫にある。

 まず、網羅性である。本書は、テキストとして、国家試験にも配慮して「社会福祉士カリキュラムの対応関係」を明示し(6~7頁)、そこで求められる内容を総合的にカバーしている。私たちがテキストを編集する際に、この網羅性という原則は捨てたくなるし、実際にはある程度捨ててしまう(少なくとも私たちはそうした)。なぜかと言うと、私たちはその一部(国はそれを「出題範囲」という形で公開している)が地域福祉にとって重要でないと判断しており、それがまたテキストを自ら編集したいという欲求になっているからである。しかし、そうすると自分たちで編集したテキストは、自分たちの「こだわり」が強すぎて、自分たちしか使えないということになってしまう。さらに言えば、国家試験を受験する学生からみると、これは教員の自己満足とみられるかもしれない。しかし同時に、本書は網羅性を意識しすぎて、「こだわり」を捨てるということをしていない。筆者らのこだわりは、「座談会」という仕掛けをつくることで(16章)、ストレートに表明されており、網羅性と執筆者のこだわりを両立させているところが、本書の魅力の1つだと言えるだろう。

 次に、地域福祉の魅力をわかりやすく伝えるための筆者らの工夫についてである。地域福祉の面白さは、本書も触れているようになかなか講義や文章で伝えることが難しい。その理由をここでは、2つ挙げてみよう。1つは、学生の地域での暮らしの実感の乏しさである。福祉全般に言えることであるが、地域福祉はいっそうその傾向がある。地域で暮らすことは、物理的な土地のことを言っているわけではなく(それなら学生もどこかの「地域」で必ず暮らしている)、地域での社会関係の中で暮らすという経験である。もう1つは、地域という舞台でらせん状に展開していく活動者や支援者たちの物語が、単元で切り取ってしまうと伝わらない(地域福祉実践のつたわりにくさ)ことである。

 前者の問題に対する工夫は、各章の冒頭に設けられた大学生美咲を中心としたストーリーである。「ストーリーで学ぶ」ということで言えば、類書に「地域福祉援助をつかむ」(岩間伸之・原田正樹、2012、有斐閣)がある。こちらは各章の冒頭に「シーン」がおかれ、一人の個別の課題が次第に地域の課題となり、ミクロからメゾ、マクロへと地域福祉援助が拡大する様子が描かれていたが、本書のストーリーは、一般の大学生が地域福祉論を学ぶストーリーである。確かに、実践者にとっては前者がわかりやすいと思われるが、大学生が学ぶことを考えると、大学生の素朴な疑問や日々の暮らしに基づいた「ストーリー」で学ぶほうが地域福祉と暮らしとの連続性を意識しやすくだろう。試しにこのストーリーだけを通して読んでみても、地域福祉の大まかな流れが理解できるようになっている。平板になりがちなテキストが、美咲を中心とした大学生の日常や暮らしという文脈のなかで理解できるように工夫されている。

 後者の問題に対する工夫は、映像の活用である。QRコードからリンクされた映像で実践者から語られる地域福祉はリアリティがあるだけでなく、一つ一つ単元がつながっていることを理解させてくれる。個人的には、この映像の活用に大いに刺激を受け、地域福祉の理論と実践が、教科書の中で展開できる可能性に気づかせてもらった。特に、大学では新型コロナウィルス感染症の拡大に伴ってオンライン授業の比重が増えている。オンライン授業では、講義の時間だけでなく、自習や課題提示がいっそう重要になるが、映像とテキストをリンクさせる試みによってより効果的な教授法が今後考えられるのではないだろうか。欲を言えば、もっと映像教材がたくさんあるといいと思った。例えば、座談会の会場にもなった「福祉楽団」の取り組みは地域福祉的なので、その素材があったら筆者らのいう地域福祉の創造的な側面がもっと伝わるのではないかとか、やはり住民の活動者の声も聞けたらいいのでは、などと勝手にアイディアが広がった。きっと本書は売れると思うので、改訂の際にはぜひ映像教材の充実を検討してほしい。

地域福祉の拡大 地域福祉の「こだわり」とは?

 最後に気になった点、というか本書を読みながら考えさせられたことを述べたい。それは、地域福祉の拡大についてである。最近、ある著名なソーシャルワークを専門にするお二人の先生から、カリキュラム改正にあたってそれぞれ次のようなことを指摘された。お一人は、「地域福祉が中心になったね」といい、もう一人は、「(新しいカリキュラムでは)地域福祉はなくすべきだった」とおっしゃられた。正反対のように聞こえるかもしれないが、実はお二人とも同じことを含意している。つまり、地域福祉と社会福祉(あるいは地域福祉援助とソーシャルワーク)の区別がつきにくくなっているということを指摘しているのである。社会福祉法は、地域福祉を「地域における社会福祉」と規定しているが、そもそも地域に基盤をおかない福祉や援助などというものは本来ない(しあってはいけない)。つまり、私たちが地域福祉の「核となるもの」(私は地域福祉の『こだわり』といっている)をしっかりと位置づけておかないと、地域福祉は社会福祉と区別がつかなくなってしまう恐れがあるように思う。私は、この傾向が「福祉行財政と福祉計画」の一部が新しいカリキュラムで地域福祉の内容に位置づけられたことでいっそう顕著になっていると感じていて、地域福祉がますます「地域における社会福祉」すなわち、地域における社会福祉の展開に偏っていかないか心配している(これは、地域福祉の「主体」の問題でもある)。本書はテキストとして忠実に、そして非常に広範囲に必要なトピックスを網羅しているので、著者の皆さんがこの点でどのような話し合いをされたのか、葛藤を感じなかったか聞いてみたいと思った。主流化し、政策化される地域福祉を喜んでばかりもいられない。先の「地域福祉はなくすべきだ」とおっしゃった先生は、「『他科目優先の原則』(他の科目で教えられていることは地域福祉で教えないでいい)という原則を作ったら、地域福祉で教えることってある?それは何?」とさらに私を責め立てた(?)のだが、筆者の皆さんと是非それを考えていきたいと思う。

 最後に、座談会では、学生に期待することとして、筆者らは「制度ではないところに切り込める」「どんどん新しい問題を開拓して、解決方法を考えてほしい」「既存のステレオタイプを越えていく視点」「これが福祉だという枠の中から地域に飛び出してほしい」と語っている。私は、筆者らが「出題基準」に沿った教科書の中で伝えきれなかった思いやもやもやしたものを、美咲と翔吾というナビゲーターを通じて伝えようとされており、これが筆者らの地域福祉の「こだわり」だと読み取った。このメッセージは学生達だけでなく、私たち研究者や実践者もしっかりと受け取らなければいけないと思う。

 以上のように、本書は網羅性とこだわりを両立させつつ、わかりやすさにもこだわった非常に素晴らしい地域福祉のテキストである。少し悔しいが、来年度授業で使ってみようと本気で思っている。

有斐閣 書斎の窓
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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