じい散歩 藤野千夜著 双葉社

レビュー

6
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じい散歩

『じい散歩』

著者
藤野 千夜 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575243574
発売日
2020/12/17
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

じい散歩 藤野千夜著 双葉社

[レビュアー] 木内昇(作家)

 構成要員は変わらないのに、全員が高齢になると、家族というのはどうしたものか妙に収まりが悪くなる。自分は真(ま)っ当(とう)に生きているつもりでも、伴侶から子供らから厄介ごとが持ち込まれ、「結婚は悲しみを半分に、喜びを二倍に」なんて格言がもはや妄言にしか思われなくなるのも、年季の入った家族の現実だろう。

 ここに、九十歳を迎えんとする新平一家の日常がある。ひとつ下の妻・英子(えいこ)には、認知症の兆候が見られる。長男は長らく引きこもり、気の利く次男は自称「長女」、グラビアアイドルの撮影会を主催する会社を興した三男は金の無心に余念がなく、「間違いなく本人からの電話のぶん、オレオレ詐欺よりタチが悪い」と夫婦は頭を抱える。誰も結婚せず、孫もナシ。正月に集まれば、「どうすんだ、この家」と溜息(ためいき)も漏れる。にもかかわらず一家の様子が、随所で噴き出すほど楽しく、また愛(いと)おしいから不思議なのだ。

 かつてのTV番組「ちい散歩」をもじった題名の通り、新平は日々散歩に出る。建設会社の元経営者たる性(さが)か、名建築を眺めては、喫茶店でひと休み。「趣味の部屋」には約三十年間溜(た)めに溜めたヌード写真集やエロ小説が地層をなし、妻はふらりと出掛ける夫を「女がいる」と疑っている。夫婦のそこはかとない現役感にキュンとなる。戦争の記憶、仕事での挫折、長男のことで悩んだ英子の入信、その隙間に、家の階段に積まれた荷物や、煮物がやたら多いおせちといった、愛着ある光景が差し挟まれる。

 渦潮に巻き込まれているさなかは目を回しているばかりでも、体の力を抜いて波間に浮かべば、空には呑気(のんき)にお天道様が照っている。家族の形は各人各様。幸せ比べもマウンティングもなんのその。山あり谷ありの道をなんとか歩いてきて、これからも自分の足取りでてくてく歩いていくのだ。時に立ち止まり、時に道を逸(そ)れながら。人生はそれだけでもう、十分に素晴らしい。そんな人間賛歌が行間から立ち上る。

読売新聞
2021年1月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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