国道16号線 柳瀬博一著 新潮社
[レビュアー] 稲野和利(ふるさと財団理事長)
1970年代の終わり頃のこと。当時大学生だった評者の弟が友人と二人で国道16号線を端から端まで夜っぴて運転して走り抜けたという話を聞いて、「随分酔狂なことをするな」と思ったものだが、本書の著者は酔狂などというレベルをはるかに超える国道16号線マニアだ、いやここは研究者と呼ぶべきだろう。
国道16号線は、神奈川県横須賀市から千葉県富津市に至る実延長326・2キロの環状道路であり、“16号線エリア”の人口は1100万人と「日本屈指の人口集積地帯」だ。16号線はその前身も含め時代の移り変わりとともに様々な様相を見せてきた。生糸集積地の八王子から輸出拠点の横浜港までを結ぶ「絹の道」、日本初の近代的軍用道路、沿線に点在する米軍基地発のアメリカ文化の伝播(でんぱ)を担う存在、ポストバブルにおける郊外消費の最先端地域……。ユーミンや矢沢永吉、細野晴臣など名だたるミュージシャンを輩出したのも16号線エリアであり、アミューズメント施設、動物園、水族館、大学が集中するのも16号線の特徴だ。
本書には16号線ネタが満載であり、それを追うだけでも十分に楽しい。著者は「ジャンルを超えて、妄想を膨らませていった」とするが、読めばその内容は単なる妄想の域にはないことが分かる。地理的条件に着目して16号線エリアの発展の歴史を解き明かす試みでは、山と谷と湿原と水辺がセットになった地形である「小流域」地形がポイントとされる。自然が豊かな小流域地形は生物多様性を育むことから旧石器時代以来の人の営みがあり、特に江戸時代以降はその地理的条件から発展が続き、「人びとを引き寄せた地形が現在16号線となる道をつくった」という仮説は壮大で思わず息をのむ。
今日も16号線は渋滞しているのだろうか。いつか土砂降りの雨の日に、ユーミンの「哀しみのルート16」を聴きながら16号線を疾走してみよう。