エチオピア高原の吟遊詩人 川瀬慈著 音楽之友社

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エチオピア高原の吟遊詩人

『エチオピア高原の吟遊詩人』

著者
川瀬 慈 [著]
出版社
株式会社音楽之友社
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784276135710
発売日
2020/10/27
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

エチオピア高原の吟遊詩人 川瀬慈著 音楽之友社

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 流しの歌びと達(たち)がいる。酒場で弦楽器を弾き、ほめ歌を歌ってチップを得る。汗ばんだ額に紙幣を貼ってもらうのがお約束だ。昔、王様がいた時代には冠位を持つ吟遊詩人がいた。今は零落したけれど、彼らは歌で稼いでいる。

 舞台はエチオピア北部の古都ゴンダール、著者は映像人類学者。伝統的な弾き語りを職能とする人々「アズマリ」の生き方を追いかけたのが本書である。著者が制作した民俗誌映画もネット上で公開されている。

 よきアズマリは「チュンブル」(狡猾(こうかつ)、やんちゃ)だという。ぼくはアイルランドの路上で出会った伝統音楽家達を思い合わせた。彼らは自分達を「キュート」(抜け目がない)と形容していた。「チュンブル」と「キュート」がほぼ同義だとわかって、親近感が湧いた。

 アズマリの歌には力がある。穀物の収穫作業をするときに彼らが歌うと、肉体労働が勇壮な戦に擬せられ、農民の士気が上がる。歌唱を始めるさいに、「陶器(壺(つぼ))の破片は土にかえっていく」と歌えば、「人間は死ぬものだ」という教訓が聞き手の胸に染みこんでいく。

 浮き立つ心をチップへと駆り立て、作業効率を上げ、人生訓を与える歌には、確固たる実用性がある。さらにチップのタイミングや相場をめぐる演者と聞き手の駆け引きには、コミュニケーションの愉悦もある。歌は「チュンブル」な交流装置なのだ。

 近年は商業化が進み、ベテランのアズマリが「再発見」されたり、外国へコンサートツアーに出る「成功者」もいる。他方、地元に残ったアズマリ達は、地域社会の文化を支える担い手と見なされるようになったという。

 伝統は変化してこそ生き延びる。吟遊詩人の魂を嗣(つ)ぐ者達が、大学や図書館に引きこもるのではなく、街場へ出ていく姿を見るのは、頼もしい限りである。エチオピアには隠れたボブ・ディランが何人もいるに違いない。

読売新聞
2021年1月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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