自由意志の向こう側 木島泰三著

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自由意志の向こう側 決定論をめぐる哲学史

『自由意志の向こう側 決定論をめぐる哲学史』

著者
木島 泰三 [著]
出版社
講談社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784065217719
発売日
2020/11/12
価格
2,475円(税込)

書籍情報:openBD

自由意志の向こう側 木島泰三著

[レビュアー] 瀧澤弘和(経済学者・中央大教授)

 基本的に自然の動きは因果的に決定される。そして人間も自然の一部であり、人間の意志や欲求にもそれを形成した原因がある。ここから「自由意志はあるのか。人に道徳的責任を負わせることができるのか」といった問いが生じる。本書はこの「決定論と自由の問題」にかかわる哲学史を古代から現代に至るまで辿(たど)り、現代的課題を提起する。

 本書の特徴は、自由意志に対する見方が自然観と密接な関係にあるとする観点にある。この観点は著者が専門とするスピノザに倣ったものだ。スピノザによれば、万物の原因を見通せない人間は自分たちの行為を目的と手段という観点から理解する。これが、自然のなかにも目的を読み込む「目的論的自然観」を作り上げてしまうのだ。そしてこの自然観は、本来あるべき姿と異なる理不尽な「運命」という観念をも生じさせる。ダーウィン以前を扱う本書の前半部は、自由意志論争をこうした視点から見事に整理して描き出す。

 ダーウィンの進化論は、目的やデザインが潜むかに見える現象を自然選択により説明することで目的論的自然観の威力を削(そ)いだ。しかしその後も、「人間は遺伝子に操られている」とか「脳の無意識に操られている」とかいった決定論に対する不安な感覚は生き延びてきた。これに対処するのが本書後半である。

 こうした不安の多くは不合理な恐れにすぎないが、本質的な問題も残っている。自由意志は人間の自己イメージの一部として日常的な制度や実践の前提をなしているが、現代では、この「錯覚」を生み出す原因も科学で解明されつつある。だとすれば、自然科学に基づく人間観(自然主義的人間観)が浸透する中で、それと進化の遺産とも言うべき日常的な自己イメージとの「折り合い」をどうつけるのかという問題が残るのだ。自然主義は伝統的な人間観や価値観以上の豊かさをわれわれに提供できるのか。極めて現代的で深い問題提起である。

 ◇きじま・たいぞう=1969年生まれ。専門は西洋近世哲学。自然主義的人間観や進化論の受容史なども論じる。

読売新聞
2021年1月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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