大阪きってのディープゾーン 新世界商店街で出会った人たち
[レビュアー] 都築響一(編集者)
数年前に神戸のギャラリーでトークイベントを開いたときに出会った永澤あられさん。いかにも大阪のオバチャンという雰囲気で、そのときは友人数名と一緒に紙芝居仕立ての自作『パンパンハウス物語』を熱演! 聞けば永澤さんのおばあちゃんが敗戦後の日本で駐留軍相手のハウスを営み、そこで遊びながら育ったということで、抱腹絶倒しながらも、逞しく生き抜くおねえさんたちへの温かい眼差しにウルッときたのだった。
昭和22年生まれの永澤さんは会社勤めを定年で退職後、大阪芸術大学の通信教育学部に62歳で入学。『パンパンハウス物語』はその卒業制作だったそう。新刊『今日も市場の片すみで下手な似顔絵描いてます。』は、タイトルどおり大阪きってのディープな商店街・新世界市場で一枚千円の似顔絵描きを続けるうちに出会ったひとたちを、絵と手書きの文章でつづった第2作品集。前作同様、とにかく手を動かしててうれしい!という創作のよろこびが滲み出ていて、それがドヤ住まいの労働者からストリッパーまで、濃厚な登場人物の存在感にすごくフィットしている。
「私も73歳、人生の終着駅が見えてきて、お金や健康やいろんな心配をしなさいと世間は教えてくれるけれど、このくたびれた商店街で道ゆくひとを眺めて、あれっ、私はここに座ってとても幸せと感じます」と永澤さんはあとがきに書いている。新世界市場は外から見れば「終わった」感しかない、まさしくくたびれきった商店街だけど、そんな場所にこそ三密だらけの人情が息づいている。それを昭和っぽいとか大阪っぽいとか言うのは簡単だけど、もしかしたらいつの時代にも、どこの場末の片隅にも、そんな人情はしぶとく生き残ってるのかもしれない。涙がこぼれないように上を向いて歩く、みたいな永澤さんのポジティブな生きざまは、そんなふうに僕らの背中をそっと前に押してくれるのだ。