ミリオンセラーがすべてじゃない これからの“ベストセラー”の形

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百年と一日

『百年と一日』

著者
柴崎 友香 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784480815569
発売日
2020/07/15
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ミリオンセラーがすべてじゃない これからの“ベストセラー”の形

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

“ベストセラー”の定義は年々難しくなっている。特に小説の場合、百万部超えのヒット作など近年見当たらず、発売日に長蛇の列をなす人の姿がメディアを賑わせることもなくなった。

 では小説における“ベストセラー”はもはや誕生しないのか。その問いにひとつの答えを示してくれるのが柴崎友香の掌篇集『百年と一日』だ。昨年7月の刊行から着実に版を重ね、現在6刷1万3600部。年末年始に多くの評者が2020年の「今年の3冊」に挙げたことも新たな追い風となっている。初版5000部が目安ともいわれる小説全体の現況を鑑みれば、これが十二分な“ヒット”であることは間違いない。

 ページをひらくと、まず目次に目が釘付けになる。例えば「埠頭からいくつも行き交っていた大型フェリーはすべて廃止になり、ターミナルは放置されて長い時間が経ったが、一人の裕福な投資家がリゾートホテルを建て、たくさんの人たちが宇宙へ行く新型航空機を眺めた」(!)。各話に付されているのはいずれも超長文のタイトルばかり。このインパクトはSNS上でも当然話題になった。

「柴崎さんは元々、熱心な読者の方々から愛されてきた作家さんだと思いますが、本書に関しては“普段、純文学は読まないんだけど”という方のつぶやきも多く、声の届く範囲が一歩広がったような手応えがありました」(担当編集者)

 中身を素早く簡単に把握できる長文タイトル自体は、ジャンルを問わず近年の刊行物の傾向でもある。ところが本書の場合、題と各話の実際の読み味がまるで一致しない。ちゃんと題に書かれたとおりのことが起こるのに、これは一体??

 人から聞いた話を自分で確かめてみると、なぜか全然違う話になっていることがある。まさに日常で起こり得る伝聞のズレを、物語の愉楽に変換しているのが本書だともいえるのだ。

「一番の特徴は“口コミが途切れない点”かもしれません」(同)。今も一日一件ペースで誰かがつぶやきを残しているという。そうやって声が途切れずに持続していく姿こそが、これからの“ベストセラー”のかたちなのかもしれない。

新潮社 週刊新潮
2021年2月11日特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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