今度生まれたら 内館牧子著 講談社

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今度生まれたら

『今度生まれたら』

著者
内館 牧子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065218723
発売日
2020/12/03
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

今度生まれたら 内館牧子著 講談社

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)

 「今度生まれ変わったら……」。口に出さないまでも、誰しもが心に抱えている、はかない望みだろう。70歳の佐川夏江は、無防備に眠りこけている72歳の夫の寝姿を見て思う。「今度生まれたら、この人とは結婚しない」

 夏江は高校の担任に造園の才を認められ国立大を勧められる。しかし、結婚に有利と女子短大を選び、ひたすら計算高く「男が好む女」を演じて同じ会社のエリートをつかまえた。結婚して48年、2人の息子にも恵まれた。しかし、70歳になって、わが人生の選択は正しかったのかという疑念が湧く。有名な弁護士、高梨公子のインタビュー記事でそれがさらに深まる。

 同い年の高梨は都立の底辺高から公立大学に入り、弁護士を目指し実現させた。若者に「時代の風潮に合わせすぎるな」と説く高梨には、男好みの女になることも、「女の幸せは結婚」という風潮も頭を過(よ)ぎりさえしなかっただろう。「人は全員、可能性を持って生まれてくる。可能性を殺すな」という担任の教えを信じて。

 自分は可能性を殺してこなかったか。そして今、70歳という年齢以外何も持っていないただのバアサンだ。言いようのない無力感に襲われながら物語は進んでいく。順風満帆のように思っていた長男の意外な帰宅恐怖症、生まれ変わっても夫を選ぶと断言していた姉の不幸……。

 これ以上書くと興趣を殺(そ)いでしまうが、夏江はある境地に到達する。人間の最も不幸なことは、自分の墓碑銘を知ることなのだ。「今度生まれたら」などと考えず、先々を少しでもよくしようと懸命になるのが大切なのだと。

 こう書いてしまうと、なにやら道徳の教科書のようになってしまうが、この小説の本領は夏江の本音を啖呵(たんか)調に描く「牧子節」にある。たとえば女に振られてばかりの男を慰める小綺麗(こぎれい)な常套句(じょうとうく)を嫌い、「誰も見てやしねーよ。女にもてたかったら、髪形と出ッ腹をどうにかしろ」と毒づく。爽快極まりないのである。

読売新聞
2021年1月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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