『「小さな鉄道」の記憶』
書籍情報:openBD
「小さな鉄道」の記憶 旅の文化研究所編
[レビュアー] 稲野和利(ふるさと財団理事長)
本書に登場する鉄道の車内風景には人間の匂いが充満し、かつての時代の生活の気配を濃厚に感じることができる。それは、今日の都市近郊の通勤電車内の無機質感とは対照的である。
「小さな鉄道」とは、軽便鉄道・森林鉄道・ケーブルカーを指す。レール幅1067ミリ・メートルが代表的な幹線鉄道に対し762ミリ・メートルが中心で小ぶりな軽便鉄道は、明治末から大正にかけての地方鉄道整備の主役であった。人車鉄道(人が車両を押す)や馬車鉄道など原始的な形態もあった。往時には200以上ともされる路線が存在したが、直近で残るのは四日市あすなろう鉄道などわずかに3路線のみだ。本書は、戦前の植民地も含めて軽便鉄道の歩みを辿(たど)る。伐採した木材運搬を主とし時には住民の足ともなる森林鉄道の記録も貴重だ。高知県に存在した魚梁瀬(やなせ)森林鉄道は全長が308キロ・メートルもあったという。読者は「鉄道とともにあった暮らしの息遣い」をそこここで感じるだろう。
14本のコラムが面白い。「観戦鉄道」(これは驚いた)「駅舎と執務」「銀幕を走る軽便鉄道」などどれも出色。(七月社、2700円)