旅する神々 神崎宣武(のりたけ)著

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旅する神々

『旅する神々』

著者
神崎, 宣武, 1944-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784047036895
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

旅する神々 神崎宣武(のりたけ)著

[レビュアー] 大塚ひかり(古典エッセイスト)

◆常住することなく変幻自在に

 年の改まった一夜、遠い土地からやって来る「来訪神」という存在がある。一例が男鹿のナマハゲで、蓑笠(みのがさ)姿が典型的ないでたちだ。つまりは旅装束である。笠をかぶり蓑を着け、風雨や風雪の中、山や海の彼方(かなた)から訪れる自然界の神…その信仰観に通じる日本神話の「旅する神々」を本書は紹介する。五つの名をもち、旅の先々で女神たちと交わりながら国づくりをした大国主神(おおくにぬしのかみ)、海神の娘と結婚し山海の覇権を握った山幸彦(やまさちひこ)、西征東征に奔走した倭建命(やまとたけるのみこと)など五柱の神だ。

 女神も旅する。倭姫命(やまとひめのみこと)は天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀(まつ)る御鎮座地を求め、大和、近江、美濃、伊勢へ遠征。割拠する勢力を服従させながら、土地の有力者に根回しをして、大御神鎮座の宮柱を建てた。

 印象深いのは、大和から備中に派遣され、異国からの侵略者・温羅(うら)を打ち負かした吉備津彦(きびつひこ)。降伏した温羅がその後百八十歳まで生き延び、吉備津神社の「鳴釜神事」の起源を作ったとされる話が作られ、地元では親しみを込めて「ウンラ」と呼ばれている。神話の神が後世に生き延び、今につながっているのだ。

 著者によれば、神々が絶対的な存在ではなく、人びとの延長上にあって「都合よく崇(あが)められる超人的な存在」であるというのは、原初的なアニミズム社会にしばしば共通して認められる現象だ。一神教によってその痕跡がほとんど絶えてしまったヨーロッパ諸国と異なり「日本は異常なまでのアニミズム文化の国」であるという。外来宗教は習合され、「ニッポン教」とも言うべき観念を作って共有した。策略に長(た)け、国譲りに際しても自らの宮処の格上げを要求した「したたかな」神であった大国主神が、仏教の大黒天と結びつき、福の神として親しまれるといった具合だ。その変幻自在さの根には、常住することなく、自然界を旅する神話時代の姿がある。

 旅が不自由な今、デリバリーよろしく依(よ)り来る神は頼もしい。呼べば応える自然界の神を持つ「しあわせ」とそれを維持・伝承する大切さを感じさせる一冊だ。

(角川選書・1870円)

1944年生まれ。民俗学者。著書『「まつり」の食文化』『江戸の旅文化』など多数。

◆もう1冊 

三浦佑之著『古事記を旅する』(文春文庫)

中日新聞 東京新聞
2021年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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