涙も万歳も、政権選択もないけれど熱いドラマに溢れる足元の地方政治

レビュー

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地方選 無風王国の「変人」を追う

『地方選 無風王国の「変人」を追う』

著者
常井 健一 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041098394
発売日
2020/09/25
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

涙も万歳も、政権選択もないけれど熱いドラマに溢れる足元の地方政治

[レビュアー] 菅野完(著述家)

 オリンピックだコロナだとあれこれ騒いで見て見ぬふりをしたところで、今年は必ず、衆院の解散総選挙がやってくる。衆院選挙は、政権選択選挙。投開票日恒例の開票速報番組は自然と熱を帯びるだろう。テレビはどの局も、注目の選挙区や候補の当選落選を我先にと報道し、泣いたり万歳したりの様子をお茶の間に伝えてくるに違いない。その光景は、まさにドラマだ。

 だが、少し待って欲しい。国政選挙だけがドラマなのか? ライバル候補が鎬(しのぎ)を削る激しい選挙戦だけがドラマなのか?

 いや決してそうではあるまい。その地域で生まれ育った人以外誰も知ることのない小さな小さな村の選挙。現職の初当選時から何十年も無投票が続く選挙。そうした小さな選挙、誰も見向きもしないような選挙にもドラマがある、いや、そちらの方がよりドラマティックでさえあることを、本書は見事に描き出した。

 北海道中札内村、和歌山県北山村、愛媛県松野町……。本書に登場する自治体は全て過疎地域だ。過疎の村や町に分け入った著者は、候補者本人だけでなく、余所者を警戒しがちな村民・町民の声を丹念に拾っていく。この辺りは、中村喜四郎をはじめ大物政治家の単独インタビューを次々と獲ってくる著者・常井健一氏特有の「人蕩(たら)し」スキルの為せる業だろう。

 私はそこにこそ、同業者としてのある種の嫉妬を猛烈に覚えた。私ならこうはいかない。石もて追われるのが関の山だ。

 ともすると、選挙ルポは奇人変人大集合の類に堕しがちだが、本書にその気配は微塵もない。著者が描き出すものは、あくまでも、飲み屋の噂話、村人のふとした嘆息、候補者へのインタビュー、広報誌の片隅に載った小さな記事など、断片と断片を積み重ねて表現される、地方選挙という熱いドラマだ。

 そして、映画やテレビの名作ドラマがそうであるように、本書があぶり出す地方選という熱いドラマも、読む者に鋭い問いを突きつけてくる。それは「みなさん。足元の地方政治を無視し続けて、大丈夫ですか? 足元の民主主義を無視し続けて、大丈夫ですか? 日本の民主主義は、このままで、本当に大丈夫なのですか?」という、極めて重く鋭い問いに他ならない。

 著者はその答えを用意していない。それもまた、著者の「人蕩し」スキルの一環なのだろう。何せ私の頭の中は、読了後しばらく経った今もなお、あの重く鋭い問いに、占拠され続けているのだから。

新潮社 週刊新潮
2021年2月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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