心を持たないはずのロボットに映しだされた人間の生の本質

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心を持たないはずのロボットに映しだされた人間の生の本質

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 折口信夫が提唱した「類化性能」という概念がある。表面的には違っているものごとの間に共通性や同質性を見いだす、ホモサピエンス特有の思考能力のことだそうだ。ものごとの違いを見つける能力は「別化性能」という。久永実木彦のデビュー作品集『七十四秒の旋律と孤独』を読んで思い出した。

 第八回創元SF短編賞を受賞した表題作の舞台は宇宙船だ。語り手の紅葉(もみじ)は〈マ・フ〉と呼ばれる人型ロボット。まず、作中で人類が開発した〈空間めくり〉という超光速空間移動法の説明が秀逸だ。世界を一冊の本、移動するものを栞に見立てる。段落を追って読むかぎり、栞は頁順に進むことしかできない。しかし、本を力まかせにたわませることによってできた隙間から栞をいったん外にある〈高次領域〉に出すと、好きな頁に挟み直すことが可能になるという。今まさに本書の頁をめくっている読者が、宇宙空間をワープしているように感じられるのだ。

 空間めくりで高次領域にいるとき、人間たちはすべての活動を停止するが、特定のタイプのマ・フだけは、七十四秒のみ動くことができる。その違いを利用した海賊行為から船を守ることが紅葉の任務だ。〈空焚きのポットくん〉という愛称をつけられた、自由な心を持たないはずのマ・フが、愛を知るまでの経緯を描く。美しく切ない一編だ。

 そのあとに収録された五編は「マ・フ クロニクル」という副題がついた連作。表題作の一万年後の話から始まる。ヒトがいなくなった世界で〈特別は必要ありません〉という聖典の言葉を忠実に守っているマ・フたちの平穏な日常が、ある事件をきっかけに崩壊していく。

 自分たちとはまったく異なる存在に共通点を発見して、感受性を豊かにする。感じとった悲しみや喜びを記憶に残すために物語を創る。ロボットという鏡に、人間の生の本質が映しだされている。

新潮社 週刊新潮
2021年2月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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