【聞きたい。】尾崎世界観さん 『母影』 言葉で拾いきれないもの描く
[文] 海老沢類(産経新聞社)
人気ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル兼ギターで、比喩や言葉遊びに満ちた歌詞を自ら書く。そんな才人が文芸誌に初めて発表したのがこの小説。受賞は逃したが、第164回芥川賞にもノミネートされて話題になった。「文章を書くことの到達点が自分の中では小説。歌詞に目を向けてもらうためにもプラスになる」と話す。
経済的に困窮した母子家庭の日常を、小学生の娘「私」の視点でつづる。マッサージ店で男性客に日々サービスを施す母。その影を店のカーテン越しに見守る「私」は母の異変や仕事の秘密を感じ取る…。ひらがなを多用した文章で、言葉をあまり知らない幼い少女だから触れられる世界の色彩を高い解像度で描く。
「言葉のおかげで見えてくるものもあるけれど、言葉によって確定されることで消えていってしまうものも多い。言葉で拾いきれない、その何かがすごく大事だなと思うんです」
地域や学校で蔑(さげす)みの目を向けられる孤独な母と娘をつなぐ絆の形も印象深い。自ら「創作の源泉」と話す怒りの感情は今作では抑え気味。少女の語りは淡々としている。「怒りは届かないところには届かない。理不尽なことはいっぱいあるけれど、全部受け止めて消化してしまえばいい。そんな感覚だった」
本が好き、という理由で高校卒業後は都内の製本会社に就職。バンドが売れる前の雌伏の日々、破滅に突き進む人間を描いた町田康さんらの小説を夢中になって読んだ。「目標にうまく向かえない駄目な自分を肯定してもらえた気がした。純文学に救われましたね」
初の小説を出してからもう4年余り。でも、肩書に「小説家」と書かれることは拒んできた。「文章を書く上では僕は『偽者』という気持ちがある。これからも偽者として本気で頑張りたい」(新潮社・1300円+税)
海老沢類
◇
【プロフィル】尾崎世界観
おざき・せかいかん 昭和59年、東京生まれ。平成13年に「クリープハイプ」を結成。24年にアルバム「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」でメジャーデビューを果たす。28年に初の小説『祐介』を刊行。ほかの著書に『苦汁100%』など。