『回想 イトマン事件』
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『回想 イトマン事件 闇に挑んだ工作 30年目の真実』大塚将司著
[レビュアー] 田村秀男(産経新聞編集委員)
■バブル融資生々しく再現
バブルがはじけかけた1980年代末、住友銀行(現三井住友銀行)から大阪の中堅商社イトマンへの乱脈融資が止まらず約5000億円が不良債権となり、大半が闇社会に消えた。戦後最大の経済事件といわれるイトマン事件だ。
本書は、日本経済新聞記者だった著者が、住銀エリートだった國重惇史氏と組んだバブル融資の打開工作を、著者の口述で生々しく再現している。
きわめつきが、記者としては禁じ手の「レター作戦」である。著者と國重氏はイトマン従業員を装った内部告発文書を、銀行監督者の大蔵省(現財務省・金融庁)銀行局長と、日経新聞社長に送り付ける。天下の大蔵省が動き出せば、住銀首脳は融資を思いとどまり、記事化に怯(ひる)みかねない日経編集幹部を説得しやすくなる。加えて、社長が文書を読めば編集幹部は逃げられないだろう、と踏んだ。
著者のもくろみ通り、日経編集幹部は各部横断の取材班を組んだが、平成2年5月24日付の第一報は住銀トップの要請に応じて真相を隠蔽(いんぺい)、矮小(わいしょう)化した内容だった。つけあがる闇社会に押されイトマンの暴走は加速、住銀は問題融資を膨らませた。
著者は単独行動に出て、9月に第2弾を放つ。タイミングは編集幹部が不在となる週末の休日。1面トップが当然の超弩級(ちょうどきゅう)のスクープも、著者の画策で上司への事前報告無用の朝刊第3面「ワキ」の記事に。見出しは「伊藤万グループ 不動産業などへの貸付金 1兆円を超す」。記事を契機に磯田一郎会長が辞任し、住銀は辛うじて闇社会が仕切る泥沼から脱出できたが、社内で浮いた著者は本記事を最後に、バブル報道の最前線から離れた。
同時に沸き起こったのがバブルを潰せというメディアの大合唱である。押された日銀は株価暴落のさなかでも金融引き締めを続け、大蔵省は不動産融資規制に加えて4年から地価税を導入、不動産相場の底が抜け落ちた。不良債権が膨張し、金融が機能不全になり、日本経済はいまなおバブル崩壊の後遺症に悩む。沈みゆく日本経済を傍観するほかなかった著者は、「バブルに致命的な風穴を開けた」と自負しつつ、「忸怩(じくじ)たる思いが募る」と述懐している。(岩波書店・2200円+税)