太平天国 菊池秀明著 岩波新書

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太平天国

『太平天国』

著者
菊池 秀明 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784004318620
発売日
2020/12/21
価格
946円(税込)

書籍情報:openBD

太平天国 菊池秀明著 岩波新書

[レビュアー] 国分良成(国際政治学者・前防衛大学校長)

 学生時代に東洋史の泰斗・故市古宙三先生の講義を受講したことがある。1年間、講義の中心は太平天国。先生のユーモアも加わって反乱のもの凄(すご)さに圧倒された。当時中国ではそれを清朝体制に抵抗する農民革命と高く評価していたが、先生の語る太平天国は人間模様の渦巻く魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界だった。

 太平天国は19世紀半ば14年にわたって吹き荒れ、清朝体制を瀬戸際まで追い詰めたが、最後は内部分裂によって崩壊した。本書の帯にあるように、何千万人ともいわれる犠牲者を出したまさに「人類史上最悪の内戦」と呼ぶにふさわしい惨劇であった。

 本書は膨大な史料と過去の先行研究を踏まえ、刻々と変わる事態の変化を簡明に描写し、分権的な体制を目指しつつも結局は専制体制に収斂(しゅうれん)する中国の宿命ともいえる歴史を、巧みに現代中国の政治体制に重ね合わせている。

 太平天国は科挙試験に失敗した洪秀全(こうしゅうぜん)が自身をキリストの弟と思い込み、同じくキリスト教を信奉する上帝会に合流し、5人の王を従え清朝打倒を掲げて蜂起した反乱である。かれらの多くが差別されて北から南に流れてきた客家(ハッカ)の末裔(まつえい)であった。洪秀全らは儒教の偶像崇拝こそが社会の諸悪の根源と考えた。

 太平天国は厳格な規律と統制力で南京を落とし、揚子江流域を支配した。下層移民の異議申し立てとして始まった太平天国は当初は人を魅了した。だがその内実は漢族優位で他者を排除し、歴代王朝の専制支配と同じく、やがて腐敗と権力闘争により瓦解の道をたどった。南京統治時代、洪秀全には88人の妻がいたという。太平天国はキリスト教の仮面をかぶった歴代王朝の早回しの衰亡史そのものであった。

 敵を探し出し排除するという不寛容さは20世紀以降の中国にも引き継がれた。弱者が暴力でしか意思を表現できない社会構造こそが問題だとする著者の指摘は重い。

読売新聞
2021年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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