谷崎潤一郎を知っていますか 阿刀田高著 新潮社

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谷崎潤一郎を知っていますか

『谷崎潤一郎を知っていますか』

著者
阿刀田 高 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103343318
発売日
2020/11/26
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

谷崎潤一郎を知っていますか 阿刀田高著 新潮社

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 谷崎潤一郎の生前に刊行された本はどれも美しい。典雅な挿絵で飾られ、和モダンの装幀(そうてい)が似合う小説の数々は、文学のかぐわしい毒が格別強かった時代のオーラを放っている。今日、その残り香は文庫本でもかぎ取れる。

 とはいえ、谷崎の小説を読破するのはなかなか難しい。代表作19編をダイジェストする本書は、陰翳(いんえい)に富む文学世界をうかがわせる。

 要約を語りながら、原作の勘所を手の平に載せるのは阿刀田高の名人芸だ。デビュー作「刺青(しせい)」に、その後の谷崎文学に頻出する「男たちを肥料としていく」女の萌芽(ほうが)を見出(みいだ)し、小説としてのバランスが悪い「少将滋幹の母」や「蘆刈(あしかり)」に潜む独特な美を称揚する。

 阿刀田は「痴人の愛」の筋書きをなぞりつつ、小説家が「読者の呼吸を読む」ことの大切さを述べ、谷崎の手際を誉(ほ)める。ここでは小説家同士がひそかに対話している。阿刀田は谷崎を読むように見せて、谷崎を書いている。ダイジェストならではの妙味を生かすように、原作が周到に再創作されているのだ。

 「卍(まんじ)」は大阪の女性ことばが物語を牽引(けんいん)する作。阿刀田はサワリを長く引用して、語りの息づかいこそが小説なのだと読者に気づかせる。作品ごとに異なる谷崎の語り声は引用映えする。「知っていますか」シリーズが数ある中で、本書は長大な引用の効果がきわだっている。

 大長編「細雪(ささめゆき)」のダイジェストの冒頭には、主人公四姉妹の名前を覚えるための語呂合わせが披露される。旧家の家庭問題が延々と描かれるこの小説は名作の誉れが高いけれど、通読は容易でない。だが阿刀田版なら退屈している暇はない。病み衰えた妹の肉体を見つめる姉の、容赦ないまなざしが描かれた一場面にため息をつくあいだに物語は動いていく。

 谷崎の生涯を女性の視点から概観した章の後で、中高年の性生活を粘り強く描いた晩年の2作を読む。たいそう幸せな作家だと思った。

読売新聞
2021年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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